幻桜記妖姫奥乃伝ー月影の記憶
晩夏
希皿は戸惑っていた。


それをけして面には出さず、目の前でたおやかに微笑む女を睨みつけてはいたが、希皿は確かに戸惑い、またかすかに恐怖してもいた。


夏は終わりに近づき、外では蝉が焼き切れんばかりに鳴いている。


門前払いされた雪政は今頃、道端で立ち往生していることだろう。


己の命に代えても守り抜かねばならない年下の少年を、汗だくになりながら待ち続けているはずだ。


希皿には自分がこの屋敷に招かれた理由が分からなかった。


仕事の依頼だとは言われた。


しかし、妖退治の奥乃家が当主、華女が、彼女から見れば取るに足りないであろう自分にどんな仕事を依頼するというのか。

希皿をここまで連れてきた華女の使者は、詳しいことは言えないの一点張り。


普通なら、はねのけていただろう。


奥乃家と言えば、慈薇鬼家の長年の宿敵である。


ことあるごとにいがみ合い、罵り合ってきたのだ。


しかし、希皿にはあしらうことが出来なかった。


もしかしたら、この依頼は、『アイツ』に関わることかもしれないという予感が働いたせいだった。


恐るべき、忌まわしい一族の次期当主であり、希皿と同い年の、一見どこにでもいそうな少年。


華女の使者がぶしつけにも腕を掴んでこようとした時、希皿は咄嗟に払おうとしたが、それが出来なかったのは気弱げな彼の笑顔が頭をよぎったからだった。


おとなしくてびびりで、そのくせとんでもないことをあっさりとやってのける、不可思議な少年。


奥乃 礼太。


他の人間に対しては警戒心が強いのに、希皿に対しては面白いぐらい無防備な彼。


はじめて会った時の状況が状況だったので気になってはいたが、妙な夢を見るようになってからは、希皿の中でいっそう注視すべき存在となっていた。


そう……希皿は夢を見る。


おかしな夢を。









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