【好きだから別れて】
埼玉に行くと決めた以上、ストレスの原因を取り払い全てをクリアーにしなければいけない。


悠希と愛し合った翌日。


店のママに今までの経緯や事情、病気について話し、仕事はキッパリ辞めると告げた。


「歩ちゃん見る見る痩せちゃったもんな…お前には期待してただけに残念だけど仕方ない。お疲れ様。元気になったらいつでも戻って来いよ。うちの娘なんだから」


初めは渋っていたママを説得させ花むけの言葉を貰い、最後に一週間だけ仕事をして四年半働いた店を完璧に辞めた。


皆とても温かいスタッフで、居座るには心地いい職場。


後ろ髪をひかれる思いもあったが、変わる為に自ら決断した事。


職場に未練を残し後を引かぬよう、あたしはすぐ引っ越しを決めた。


荷物は最低限にまとめ、家財道具やスーツ。


夜に携わる全ての物は欲しがる友達に配りまくった。


カラになった二人の部屋は愛し合った余韻も何も残ってはいない。


無機質な壁、無機質な台所。


あたしを散々苦しめ悩ませた風呂場も、今となっては名残惜しくさえ感じる。


ここで悠希と初めてキスし、初めて愛の深さを学んだ。


なのに悠希とあたしの部屋はもうどこにもなくなる…


最後の鍵をかけ、何度も振り返り長い廊下を歩く。


酔っぱらって夜友達と暴れたり大喧嘩をして止めに入られたり。


この廊下にもたくさんたくさん世話になった。


失敗も成功も、人の汚さも清さもここで学んだ。


エレベーターの扉が閉まりかけた時、あたしは手を挟み声をあげた。


「ありがとう。大好きな部屋。バイバイ!」


視界は曇り自然と涙は溢れだしたがこれはあたしが選んだ道。


涙を拭い、背筋を伸ばして歩き出す。


前に進むんだ。
< 182 / 355 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop