雨に似ている
2年前のコンクール以来ずっと忘れられずにいる「詩月のショパンの『雨だれ』」、自分の憧れ続けた音が、彼本来の演奏ではないなら今度こそ彼の本当の音を聞いてみたいと思った。

貢は2人の様子を前に詩月が転校してきた時に、郁子が見せたそれまでに見たこともない嬉しそうな顔を思い出した。

郁子が2年間ずっと温めてきたのは、詩月のピアノの音への憧れやライバル心だけだったのか、いつしか郁子の思いは憧れなどの軽い気持ちではなくなったのではないかと、思いながら2人を見つめた。


「『曲を弾きこなして音楽を征服してるだけでは何を弾いても自己陶酔だ。曲の世界と1つになって愛しなさい。愛して伝える音楽を奏でなさい。人生は人前で音楽を弾きながら腕を上げていくようなものだ』周桜、俺がコンクールに落選した時、師事している先生に言われた言葉だ。希望っていうのは絶望にうちひしがれて落ち込んでるだけでは生まれない。絶望から這い上がろうと懸命に足掻いて頑張ろうとする意志と努力がなければ生まれないものでないかな」

詩月は貢を見上げ、深く頷いた。




詩月は「僕の意志が希望を生む。愛して伝える音楽を奏でなさい」心の中で、貢と郁子の言葉を繰り返した。

詩月は冷めきった心が熱くなり、心の中の氷を解け、貢と郁子の言葉が胸の奥に染み渡っていくのを感じた。


「……弾きたい。僕自身のピアノの音を奏でたい。自分自身『ショパン』を弾きたい」

詩月はヴァイオリンを手にし胸大事そうに、胸に抱え込んだ。
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