陽だまりの天使
ひと時の現実逃避だということもわかっているけれど、楽しくてやめられない。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
白熱する二人に断ってから席を立つと寝不足のところに酔いが心地よく回ってきているようで、ふわつく足元を注意しながら歩く。
手を洗いながら、鏡に映る隈のできた、あまり健康的ではない顔に女子力を見出せず、ため息をつく。
彼氏は欲しいと思うけれど、正直そこに至るまでの余裕が足りないのかもしれない。
夜勤明けの欠伸をかみ締めながら細い通路を戻る。
もちろん、理想を上げたらキリがない。
見た目としては、爽やかなほうがいい。
性格は優しい人がいいけれど、行動はリードしてくれる人がいい。
これだけでも相手が見つからないのに、欲を出せば次から次へとあげることができる。
そのすべてに当てはまる人なんてどこにいるのだろう。
ペンキだらけのつなぎを着た男性と軽く会釈をしてすれ違う。
理想の男性は少なくとも彼ではない。
ぼさぼさの髪の毛に無精ひげで、少なくとも爽やかな印象はない。
2人のいる席まであと数歩のところでぐっと肘を引かれてつんのめる。
「え?」
小さく声が出たが、腕を引いた主はたった今すれ違ったつなぎの男性。
すれ違った時にぶつかることもなかったし、何も失礼なことをしたつもりもなかったので引き止められる理由がわからず、とっさのことに固まるしかできなかった。
心の声が届いてしまっていたならば怒られるかもしれないが、声には出していない。
もしかして顔に出ていたとか、ありえないことまで思考が巡るが、何よりも知らない男の人に腕を掴まれている恐怖が高まる。
つなぎの男性と視線は合わないけれどこちらを見ているのは間違いなく、何を言われるかわからないまま口を開く男性の言葉に怯える。
「天使発見!」
「天使?!」
突拍子もない発言をしたつなぎ男が無遠慮にもう一方の手を伸ばしてきたので、さすがに必死になって腕を振りほどく。
席に駆け戻ると、ただならぬ空気に何も言わず真帆が抱きとめてくれ、直美が勇敢にも追いかけてきたつなぎ姿の男の前に立ち塞がる。
「何、おっさん?うちの佳苗にちょっかいださないでくれる?」
「天使見せて」
直美の肩越しにこちらに視線を向けてくる男が怖くて身を縮めると、肩を抱いてくれる真帆の腕の力が強くなる。
天使天使というが、まさか私のことを天使だと言うのであれば褒め言葉としてはありがたいけれど、大変迷惑だ。
「はあ?おっさん頭おかしいの?確かに佳苗は可愛いけど、あんたの天使にはなんないわよ」