黄昏と嘘

彼の名前は小野アキラ。まだ30代半ばだとういうのにもうすでに准教授という地位についている。
噂では院生の時も、講師、そして助手時代もかなり優秀だったらしい。

だからこんなにも魅力的な授業を行うことができるのだろうとチサトは思っていた。

チサトの思う、彼を好きないくつかの理由。
いつも研究熱心で知識も広く深く、内容は難しいけれどとても興味ある授業を行い、それは尊敬に値する。

それから……、授業とは関係ないがマイクを通して響いてくる低い声。でもそれは低いからといって決して不快なことはなく、むしろ彼女にとっては心地よく自然と身体の中にすうっと染み入ってそれは切ないほどの感覚だった。

外見的には背が高く、そのせいか手足が長くも見えて背広がとてもよく似合う。
黒板に文字を書く時にちらりと見えるしなやかなその指先は彼女に変な想像をさせてしまうほどに魅力的だ。
もしその手で自分の髪を撫で、頬に触れてもらえたら……彼女は時々そんなことを考えドキドキする。

そして一度も見せたことのない笑顔、メガネの奥の冷たい瞳、いつも無表情で授業を除いては必要最低限の会話しかしない。

そのせいか周りの学生からかなり怖がられ敬遠されている。
それはまるで彼自身がそう望んでいるようにも思えた。

それでもアキラが笑ったらとてもステキな笑顔を見せてくれる、チサトはそう思っていた。本当は、きっと、やさしいひと、だと。
たとえ世界中のひとが先生のことを冷たいひとだと言ったとしても。
なぜかそれだけは確信していた。

はじめ時間割を組んだ時は失敗したと思った彼女だけれど、少しづつアキラに惹かれ、やっぱりこれで正解だと満足していた。

そして今の大学生活の中で、週一度のこの授業が一番楽しみになっていた。

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