ありふれた恋でいいから
昨夜の記憶は一切ない。

正直何にも覚えてない。

けれど、記憶が無いからと言って許されることではない。
記憶が無いからこそ、無責任に弁解するべきでもない。

それに俺は。

もうこの事実を背負ったままじゃ須藤の瞳を真っ直ぐには見られないだろう。
そこに気持ちがあろうとなかろうと、起きた事実は事実。
須藤を裏切った自分自身を許せないから。


―――家に帰るともなしに、ただ歩き続けて。

気が付けば、須藤と約束していた神社の入口に辿り着いていた。

遠く鳥居に続く石段の上に腰掛けて、やりきれなさに空を仰げば、昨日の麗らかな陽気と違って低く湿り気を帯びた雲が、俺の気持ちを一層重くさせる。

…このまま永遠に、待ち合わせの時間が来なければいいのに。

彼女を好きになって初めて、俺は須藤に会えなければいいのにと心から願った。

何も知らない彼女がこの場所に来なければ、何も知らない須藤に別れを告げることだってないのに。
須藤はずっと俺の彼女のままなのに……そんな、女々しい手段だって考えながら。
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