ありふれた恋でいいから
無意識のうちに口を吐いて出た懐かしい呼び名は、誰に聞こえる筈もない小さな呟きだったのに。

彼女は俺の言葉に気が付いたかのように顔を強張らせると、次の瞬間には身を翻して映画館から出て行った。

「……あ、」

彼女に会うべきではない、合わせる顔もないと、あんなに自分を抑えていたのに、そんな決意は何処へ行ったのか。
引きとめようとした俺は、咄嗟にポケットから取り出した携帯を開き。

「………」

―――そこで初めて深い息を吐く。

本当はずっと会いたかった。
出来ることなら何度でも謝りたかった。




でも、俺は随分前に知っていたんだ。

画面に呼び出した彼女の番号が。


もう、どこにも繋がらないことを。
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