ありふれた恋でいいから
……眠っているんだ。

てっきり慶介さんがいるのではと平静を装って来たのに、処置室には畑野くんしかいない。

誰かが来たことにも気付かず静かに寝息を立てている彼を起こすわけにもいかず。
訪れた対面の時は再会と呼ぶには少し、味気無いものだった。

交わす言葉もない。

ただ、そこにあるのは久しぶりに見る彼の顔。

思い返せば、学生の頃映画館でばったり会った時は本当に一瞬だったから、別れを告げられた日が最後ならばその月日は10年に近い。

…この10年を畑野くんはどんな風に過ごしてきたのだろう。

さっきよりは少しだけ血色が戻りつつあるものの、まだ唇は紫色のままで。
風邪ひとつ引かなかったあの頃の畑野くんからは想像もつかない顔色に、もしや何かの病気なのではと悪い想像ばかりが膨らんでいく。
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