“毒”から始まる恋もある
14.本当の恋の始め方

ディスプレイを前にして、指先が思うように動かない。
視界は時折ぼやけ、頭が重たげに揺らぐ。
これはあれよ、寝不足だわ。


「あー駄目だ。珈琲!」


活を入れるために声を出したら、隣の席の菫が「ハイっ」と勢い良く立ち上がった。


「あ、違うわ。自分で入れるわよ」

「え? でも」

「眠いから声だしてみただけ」

「次にやること言ってからじゃないと動けないのって老化の始まりなんだってよ」


余計なことを言うのは向いにいる舞波くんだ。
同い年でしょうよ、ムカつくな。


「……舞波くんにも珈琲入れてあげようか。辛子入りで」

「やめろよ」

「失礼なこと言うからよ」


こんな調子で、今日の人事総務部は平和だ。
皆がそれぞれの業務を真っ当に遂行している。


「刈谷先輩、寝不足ですか?」

「まあね」


給湯室に向かうと菫が着いて来た。

昨日は数家くんが帰ったのが既に0時を過ぎていて、そこから何を興奮したのか私は眠れなくなって。
羊を230匹位数えたあたりで、こんなに羊いないわよ、牧場とか考えだし。
そもそも牧場には何頭くらい居れば採算が取れるのかとか無駄に思いを馳せているうちにようやく寝れた。

思考回路意味不明だわ。


「……大丈夫ですか?」


小首をかしげて、菫が問いかける。

ああ、この子私を心配して着いてきたのか。
そう気づいたら、なんだか胸が温かくなって、気恥ずかしくなる。


「大丈夫よ、ありがと」


お礼を言うと、菫は驚いたようにあたふたし始めた。


「……何よ」

「いえ! なんか、ちょっと驚いて」


失礼な。お礼くらい言うわよ。

……でも、今まで言ったことはあんまりないかな。
少なくとも菫に対しては、いつも私が上からの態度だったしねぇ。

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