“毒”から始まる恋もある

「大丈夫? かわええなぁ」


ああ。可愛いとか。あんまり言われたこと無いから嬉しい。


「でもめっちゃ飲んだなぁ。俺、絶対一本開ける前に潰れる思うとったんだけど」


潰れる前提で飲ますなよ。
まあ、いいけどさ。気分いいし。


「もっと徳田さんも飲めばよかったのに」

「その“徳田さん”やめよ? なんか他人行儀やん」


でもまだ他人だしなぁ。


「じゃあなんて呼べばいい? 実国さん?」

「その名前もいかつくて嫌やわ。サダくんとかどう?」

「可愛いアダ名」

「ええやろ。呼んでみ? 刈谷ちゃん」

「サダくん?」

「そうそう、ええ、ええ」


なんだかくすぐったいな、そんな可愛い呼び方。
でもいい気分。フワフワして、弾むように楽しくて、“可愛いもの”が似合う私になったみたい。

徳田さんのお陰かな。
だったら、あなたが私の王子さまなの?


「じゃあ私のことも名前で呼んで」

「俺、聞いとらんで? 刈谷ちゃん、名刺くれへんもん」

「個人名刺は作ってないもん」


クスクス笑いながら、徳田さんの腕に手をかける。


「史恵」

「じゃあ、史ちゃんか」

「あだ名の付け方が古典的」

「なんかかわええやろ」


そうね。
今日は何もかもが可愛く見える。いつもは鼻白んで見るような女に、今は私もなっているのかな。
それでもいいや。なんかとっても幸せだぁ。


「なあ、史ちゃん」

「なーにぃ」

「うちら、気ぃ合いそうやし。付き合わん?」


私は思わず立ち止まった。
酔いのせいなのか、今自分に都合のいい空耳が聞こえたんだけど。


「ダメ?」


覗き込むように私を見つめる徳田さん。さらり、と茶色の髪が揺れる。


「もっかい、言って?」

「だーかーらー。俺も今フリーやし。付き合わん?って聞いてる」

「わ、私と?」

「もちろん」

「よ、喜んで!」


疑いようが無いほど、頭を上下に振りまくる。そうしたら、ただでさえ酔っていた頭がごっちゃになって。


「あれ、ぐるぐるする」


そして視界が暗くなっていく。


「ちょ、史ちゃん、どないしたん!」


焦ったような彼の声が、遠くに聞こえる。
こんなオイシイ展開が夢だったなんて言わないでちょうだいよ。

そう願ったのを最後に、私の意識はそのまま途絶えた。




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