“毒”から始まる恋もある


 もうじき定時という辺りで内線がなる。相手は、営業一課の桐山さんだ。


『倉庫の鍵貸して欲しいんだけど。ちょっと今手が離せなくて、申し訳ないけど持ってきてもらえないかな』


なんでこんな電話とってしまったのだろう。

「はい、分かりました」と返事をしたものの、わざわざ二階下に行くのも面倒臭い。
菫に押し付けよう……と思って辺りを見渡したら、奥の会議スペースで舞波くんと書類を綴じていた。

ちっ、ダメか。

仕方なく立ち上がり、部長に「営業一課に届け物に行きます」といいブースをでる。

たかだか二階分をエレベーターにのり、営業一課のあるブースに入ると、桐山さんは電話をしながら書類を叩いている。

うわあ、なんだか苛ついてるタイミングだなぁ。


桐山さんの隣の席には里中くんがいた。
私に気づき、近寄ってくる。


「ごめん、桐山さんの言ってた倉庫の鍵? 俺預かるよ」

「助かるわ」


背の高い里中くんが目の前にたつと、彼しか見えなくなる。
相変わらず格好良い。手の甲に立つ筋とか最高だな。

いい男を観賞するのは楽しい。見惚れていた、その時だ。


「おい、刈谷」


ぐいっと肩を引っ張られる。体がよろけて、後ろに立っていた男の肩に体を預ける格好になった。


「谷崎?」

「どうしたんだよ。営業に来るなんて」


別にアンタに会いに来たわけじゃないし。と思いつつ、谷崎から離れるように肩を振った。


「鍵を届けに来てくれたんだよ。谷崎こそなんだい?」


ゆったりした口調で里中くんがいい、谷崎はムッとしたように私の腕を掴む。


「もう用件終わったんですよね。ちょっとこいつ借ります」

「ちょ、痛いって谷崎」


急に腕を引っ張られると足元がよろける。
つまづきそうになりながら何とか体勢を整え、谷崎の腕を振り払おうと腕を引いたが、奴の手はなかなか離れない。


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