SAKURA ~sincerity~
「いや」

 待ち合わせに遅れてしまった事を詫びる準平にそう返した後で、拓人はブランデーの水割りを一口飲んだ。程なく、準平の前にジントニックのグラスが置かれる。繁華街の入口近くにあるショットバー。どうやらここは、準平の行きつけのようだった。

「最近忙しくて全然病院行けねーけど、桜は?」

「ん……」

 再び水割りを飲みながら拓人が煮え切らない曖昧な返事をする。拓人のその反応に準平は何かを察したらしく、デニムのポケットから煙草を取り出して、中から一本抜き取り、トントンとカウンターに軽く打ちつけた。

 ここ半年、桜の病状は良いとは言えず、ゆっくりとだが確実に進行し、拓人は史朗や弥生と共に医師からその都度、病状説明を受けていた。

「……止めたと思ってたよ」

 煙草を口にくわえ、ZIPPOで火を点ける様を見て拓人が言う。

「……吹かすだけだ。肺にまでは入れねー。それに、こんな時にしか吸わねー」

「こんな時?」

「……そう、こんな時」

 溜め息混じりにそう言うと、準平はバッグから白い封筒を出し、拓人の前に差し出した。

「これ……」

 封筒を見た拓人が顔を上げて準平を見る。封筒には保健所の名前が記されていた。

「昨日届いた」

 準平は手に持っていた煙草を口にくわえると、さっきの言葉に反して大きく吸い込み、それからゆっくりと長い煙を吐き出した。

「しばらく禁酒禁煙だ」

 その一息で、火を点けたばかりの煙草を灰皿に押し付け、ポケットからZIPPOを取り出して眺める。拓人は黙って水割りを口に運んだ。

「去年はナナとお前、今年は俺――皮肉だな」

 ジントニックのグラスが空になる。

「マティーニ」

 準平の一声でバーテンダーが空になったグラスを片付ける。アイスピックで氷を砕く冷たい音に続いて、シェーカーを振る心地よい音が響く店内で、二人はしばらく黙っていた。

「全く何て気分だ……」

 拓人のグラスの氷が、準平の言葉に返事をするように溶けて音をたてる。

「人助けできるってのに……一番助けたい奴を助けらんねー」

 マティーニのグラスが準平の前に置かれる。準平はグラスを手に取ると、一息でそれを飲み干し、お代わりを注文した。




「嬉しくない訳じゃねーんだ」

 バーを出て満月の下を夜風に吹かれて歩きながら、突然、準平が言った。
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