SAKURA ~sincerity~
『あたしが生まれた日、産院近くの桜並木が暖冬で早咲きして、ちょうど満開で凄く綺麗だったんだって。病院に来る途中にそれを見たお父さんが、あたしの名前を"桜"って決めたんだって。ほら、桜を見ると皆、暖かい気持ちになるでしょう? あたしにも"周囲を幸せな気持ちにさせられるような優しい女の子になってほしい"って願いを込めたんだって』

 高校を卒業した春、病院の中庭で満開の桜を見ながら彼女が語った自らの名前の由来話を不意に思い出す。

 そっと手を伸ばして樹の幹に触れてみる。生きた樹の温もりかほんのりと掌に伝わり、それが冷えた夜風と相反し、拓人の気持ちを締めつけた。

「頼むよ……」

『拓人くん……』

 昨日、帰り際に病院のロビーで史朗に呼び止められ、聞かされた真実。

『わたしたちにはもう、何もしてやれない……』

 うなだれ、背を向けていた史朗。

「頼むよ……!」拓人は頭を垂れると、幹に額を押しつけ、両手も併せて幹に押し当て、低くうめいた。「頼む……!」

 もし。

「頼むよ……!」

 もし、この世に"神様"が本当にいるなら……。俺の腕から、桜を奪わないでくれ……!

 彼の瞳から、満月の灯を吸収した涙がムーンストーンとなって散らばる。拓人は何度も何度も幹に額を打ちつけ、やがてズルズルと地面に崩れ落ちると両手を組み合わせ、祈るような格好で再び幹に額を押しつけた。

 俺だってまだ、何もしてやってない……!

『拓ちゃん』

 何も言ってやってない……!

 後悔という重く辛い感情が、まるで津波のように彼を飲み込む。

「桜……!」

 以前のような元気な体が贅沢な望みだと言うのなら……せめて、せめてずっと、俺の側に……。

 止まらない涙、桜の樹の下で祈る拓人を満月が銀色のオーラで包み込む。

 桜……!

 冷たい夜の中、拓人はいつまでもいつまでも、桜の樹の下で祈り続けた。
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