SAKURA ~sincerity~
 突然、桜が辛そうにベッドにもたれかかり、ベッドがギシリとちょっと嫌な音を立てた。

「どうした?」

 拓人はハッとすると慌てて桜の肩に手をかけ、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。

「辛いのか?」

「……ちょっと、疲れちゃったみたい」

 桜はそう言うと弱々しく目を閉じ、もう一度息を吐き出した。

 年が明けてから、桜の体力は日々衰え、日課だった中庭の散歩も、車椅子に乗らなければできなくなり、寒さも手伝って、外に出る機会が減った。

「ね、拓ちゃんのバイト先って、バーなんだよね?」

「えっ?」

 拓人は大学入学と同時に、繁華街のバーでバーテンダーのバイトを始め、毎晩シェーカーを振っていた。若者が集うカジュアルでロックが大音量で流れている店ではなく、大人が集う静かなバーだが、たまに準平と七海が飲みに来てくれていた。

「あ……うん」

 突然、桜にバイトの事を訊かれたのでちょっとドキマギしながら拓人が答えると、桜はまたおかしそうに、クスクスと手を口元に持っていった。

「格好いいんだろーなぁ。拓ちゃんのバーテンダー姿」

「そんな事……」

 桜の言葉に拓人が照れくさそうにはにかんで下を向く。

「見たいなぁ……拓ちゃんの働いてるとこ」

 照れてうつむいていた拓人がその言葉に顔を上げる。最近、桜は"~したいなぁ"という願望をよく口にするようになった。そして拓人にはそれが、たまらなく切なかった。

「退院したら準平たちと来いよ。チェリー・ブロッサムで乾杯しよう」

「チェリー・ブロッサム?」

「ああ、桜のカクテルだよ。チェリー・ブランデーで作るんだ」

「わぁ」

 拓人の言葉に桜が目を輝かせる。

「楽しみ」

「ああ」

 二十歳を越え、法的には飲酒が許されている桜だが、二十歳の誕生日時にほんの少し梅酒をたしなんだだけで、それ以降、お酒は口にしていない。一方拓人は仕事柄よく口にしていて強く、準平とよく飲んでいた。

「準ちゃんが教えてくれたんだけど、拓ちゃんはお酒、強いんでしょう?」

「うん、まぁ」

「準ちゃんと飲む時はいつも何飲んでるの?」

「ブランデーやウイスキーが主かな。後、たまにビール」

「わぁ、何か大人」

 想像しているのか、桜の眉がアーチを作る。その笑顔はとても眩しく、拓人の瞳に映った。

「退院したら……一緒に飲もうな」
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