SAKURA ~sincerity~
「へーへー、どーせ俺は成長しませんよ」

 桜の言葉に準平がふざけた口調でそう返す。

「馬鹿ね、昔と変わらず優しいって意味よ」

 長い廊下をエレベーターホールまで進み、エレベーターに乗って一階まで降りる。中庭に出ると、八分咲きの桜が二人を出迎えた。

「わぁ」

 暖かな陽気に誘われて蕾を開いた花々が優しく桜を見下ろす。桜はとても嬉しそうに瞳を輝かせた。

「綺麗……」

 春風が準平の長めの髪を揺らす。桜は本当に嬉しそうに目を細め、花びらか揺れるように微笑んだ。

「いつまでも……こうしていたい」

「……」

「あたし、こんな暖かで幸せな時期に生まれたんだね……」

「……知ってるか?」

 桜を見上げながら準平は言った。

「お前、生まれた時、さくらんぼみたいな真っ赤な顔で泣いてたから"桜"って名前になったんだぜ」

「はは……何よそれ?」

 準平の話に桜がプッと頬を膨らませる。するとそれを見た準平がケラケラと笑い出した。

「ほらほら! さくらんぼ、さくらんぼ!」

「もうっ! 凖ちゃんの意地悪!」

 幼馴染み――そこには不思議な"空気"が存在する。家族とも恋人とも違う、穏やかで暖かな空気。それは本当に空気のようであり、しかし、周囲とは明らかに温度が違う優しい流れ……。

 まだ笑っている準平を、車椅子に座ったまま、桜がじっと見つめている。

「ありがとう、凖ちゃん。いつもそうやって、あたしの事、笑わせてくれたね」

 突然、桜がそんな事を言い出すので、準平はドキリとした。

「馬~鹿、何改まってんだよ! 似合わねえよ!」

 動揺を悟られまいと思わず憎まれ口をたたく。桜はにっこり微笑み、風の匂いを嗅ぐように目を閉じ、微かに上を向いた。遠くから、こちらに向かって近付いてくる拓人の姿が見え始める。

「お、王子様の登場だ。俺、何か買って来るな」

 準平は明るくそう言うと、拓人と入れ替わるようにその場を離れた。軽い足取りで売店に向かっていた足が、桜の死角に入った途端スローダウンし、やがて止まる。

 馬鹿野郎……っ!

 準平は拳を握ると、思わず側の壁に叩き付けた。

 何であんな軽いんだよ! まるで風に舞う花びらみてえじゃねえかよ!

 悔しさが胸に込み上がる。

『ありがとう、凖ちゃん』
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