SAKURA ~sincerity~
 そこで桜が息を詰まらせる。呼吸がかなり苦しくなってきたらしく、肩を揺らし始めた。

「日曜日、には……三人で、近くの……公園、行って……お弁当、食べて……」

「判った、判ったよ、桜」

 たまらず拓人はその言葉を遮った。聞いていられなかった。自分も、桜も、もう、判っている。この夢が全て、叶えられないという事に。判っているからこそ、桜も呟いているのだ。心残りだから……。

「来年、俺が大学を卒業したら……」

 そう言った拓人に桜がうなずいてみせる。桜の細い指が、拓人の頬をゆっくり撫でた。風が二人の間を抜ける。

「桜……」

 拓人は唇を噛み締めた後、大きく息を吸い、力強く桜を抱き締め、ありったけの想いを込めたその言葉を、口にした。

「大好きだよ」

 拓人の低い声が、風に乗って頭上の花びらを揺らす。桜は一瞬瞳を見開いた後、本当に嬉しそうに目を細めた。

「初めて……言ってくれたね……。"好き"って……」

「……」

「嬉しい」

 ザワザワと枝の揺れる音が聞こえる。桜が拓人の胸に頬を寄せ、母親の胸で安心した子供のように、蕾が開いた瞬間の花のように、美しく微笑んだ。

「綺麗な……桜……」

 妖艶な夜桜が、微かに開かれた彼女の瞳に映る。

「お願いが……あるの」

 桜は瞳に映りこむその美しいピンク色の花々を見上げ、そっとささやいた。

「キスして……」

 微かに動く桜の唇。拓人は黙って数度うなずくと、ゆっくり、熱く、桜の唇を唇で覆った。

 ――ありがとう、拓ちゃん――。

 実際には発声されないはずの桜の声が、その瞬間、拓人の耳には届いた気がした。夜風がふわりと吹き抜け、満開の桜の花びらを二枚散らす。風に舞う花びらがゆっくり降下し、地上に着地したその刹那、拓人の服を掴んでいた桜の白く細い指が、彼の腕から永遠に離れた。

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