All I have to give
笠原 日和



ハルのタワーマンションに到着した。


「車庫に車入れっから、先中入ってろ」


ハルに玄関で降ろされて、一人でエントランスを潜る。


「一週間振り…」


エレベーターに乗り、色褪せた景色を眺めて。

6001の部屋の鍵を解除して、中へ入った。


ハルの匂いだ…。


タバコの微かな匂いと、香水の匂いが染み付いた部屋。

自動カーテンを開けて、昼下がりの日射しを部屋に入れる。


明日は掃除しなきゃ。

埃っぽい空気にそんなことを考えながら、ハンディモップで軽くテレビ台を綺麗にする。


「あー…また明日から仕事か」


ハルが項垂れながら部屋に入ってきた。

現実逃避はもう、終わり…


これから来る反動に、私は耐えられるだろうか。ハルと眠ることも、触れることも…しない。

好きだと悟ってしまった以上、歯止めがきかなくなっているかもしれないけれど…


そんなことばかり頭に浮かんでは、どんどん気分が暗くなっていく。



「どした?」


隣に腰を下ろしたハルが、私の顔を覗いた。


「え?ううん…楽しかったなーって」


最高の、思い出だった。


「そうか」


ハルの腕が私の肩にまわる。自然に。

ハルにとってはどうってことないのかもしれない。けれど、私はそれだけで弾けてしまいそうなくらい、鼓動が速くなるんだ。


「現実逃避は、もう終わりでしょ」


日和さんを想うハルに戻る。
日和さんが帰ってきて、そしたらいつか私はここを出なきゃいけないんだよ。


その時、辛い思いをしたくないから…
離れられなくなったらハルを困らせてしまうから…


私はこれ以上ハルに触れてはいけないの。
ハルを想っちゃダメなんだよ。
絶対に、私はハルとは結ばれない。


それって、ズルいのかな?


結局、自分を守ることしかできない私は…ズルいのかな。


「どういう意味?」


ハルの吐息が耳にかかって、身体が熱くなる。

ハルを、求めてしまう。

思考とは裏腹に、近づいてくる唇に抗うことなんて出来ない。


「ん…」


「結愛」


名前を呼ぶなんて、反則だよ…



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