消えてくれない

優しい人


『変じゃないよね?
埃ついてない!
メイクOK!
髪OK!』

今日から私は社会人になる。

『よしっ!』

「じゃあ、行ってきまーす!」

「行ってらっしゃい。
気をつけてね?」

「はーい」

『まさか私がパンツスーツを着ることになるなんて...。』

ニヤける顔を引き締めて、お気に入りの曲を聴きながら電車に乗る。

電車とバスを乗り継いで、今日から私が働くホテルにやって来た。

私の職場はホテルの地下1階にある、披露宴やイベントの音響・証明の会社だ。

ドキドキする胸を押さえてゆっくりと深呼吸をする。

『よしっ...』

ガラス張りのドアをゆっくりと開ける。

「おはようございます!」

「おはよう^ ^
今日からよろしくね?
私はこの営業所の所長の岡田です。」

「小林菫です。
よろしくお願いします!」

深く頭を下げる。

「そんなに緊張しなくていいからね?
あと、小林ってもう一人いるからスミレって呼ぶね?」

「はい!」

「あとで他のみんなの紹介はするから、とりあえず、挨拶回りに行こっか」

『なんだか優しそうな人達だったな...』

岡田さんは、丁寧にホテルのルール、機材の説明をしてくれた。

プランナーさん、キャプテン、レストランやテナントさんに挨拶をして回った。

「じゃあ次で最後かな...
カメラさんなんだけど、映像や写真の会社の人なの。クライアントでもあるからね。」

薄暗い廊下を歩いて行くと、写真のような部屋の前に着いた。

コンコン

「失礼します。
お疲れ様でーす。
新人が入ったので挨拶に来ました!」

岡田さんに手招きをされて中に入る。

「小林菫です!
よろしくお願いします!」

「久保田陸です。
よろしくね?」

パソコンの前で作業をしていた久保田さんが私の方を向いてニッコリ笑った。

『まさに大人の男の人って感じ...
優しいオーラだだ漏れだよ...』

「くぼっちゃんよろしくね?
スミレまだ19だってよ?
若いよねー」

「19⁈
すげーな!
大変だと思うけど、頑張ってね、スミレちゃん」

「はい!
ありがとうございます」

「ははは!返事いいねー笑」


リクは出会った時から優しかったよね...

リクにとって私はまだまだ子供だったから優しくしてくれたのかもしれないけど、リクの笑顔に私は癒されたよ





「カウント入ります。
5.4.3.2.1 オープンです。」

インカムでカウントを入れてSDの再生ボタンを押す。

モニターで新郎新婦が入場するのを確認しながら証明を徐々に上げていく。


先輩達の丁寧な指導のお陰で、だいぶ仕事にも慣れてきた。

でも、お客様にとって披露宴は一生に一度の大切なものだから、毎回緊張する。

その分、とてもやりがいのある仕事だと思っている。

今日の披露宴も無事に終わり、事務所で報告書を作成していた。

後片付けでザワザワする事務所にある人が入ってきた。

「お疲れ様です。
今日もありがとうございました。」

「「お疲れ様です」」

久保田さんはこうやって、度々事務所に来てお茶を飲んだりしている。

「スミレちゃんだいぶ慣れてきたみたいだね。」

「そうなの!
もう覚えが早いから助かってるんだよねー」

「全然そんなこと無いです。
まだまだですよ...」

先輩達は褒めて伸ばすタイプの人が多くて、褒められ慣れてない私は毎日タジタジだ。

パソコンを打っていると、ポケットの中のスマホが振動した。

「仕事が終わったらいつもの駐車場に来て」

久保田さんからのラインだった。

私は久保田の顔を見ると小さく頷いた。

それを見ると久保田さんは出て行った。



「着いたよ^ ^
今どこ?」

ラインを送ってスマホをポケットに入れる。

ぼーっと星を眺めていると

「お待たせ。」

「リク、お疲れ様^ ^」

「今日は何が食べたい?」

「うーん...
肉‼︎」

「また肉かよ笑
そんなに肉ばっか食ってると太るぞー笑」

「女の子に向かってその言葉は禁句!
いいもん!
どーせもうデブだし」

リクの車で移動しながらお店に向かう。

「拗ねるなよぉ
ごめんごめん。

それに俺はどんなスミレでも好きだから。」

『///』

「お?
照れてんのか?
顔見せてよ笑」

「ヤダ!
私の顔は見なくていいから、ちゃんと前向いて運転して!」

リクと付き合いだして3カ月になる。

最初リクに告白されたときは冗談だと思った。

リクがこんな子供を相手にするはずないって思ったから...

でもリクみたいな人に好きって言われるのは素直に嬉しかった。

だんだんアキの事を思い出す時間も少なくなって、リクの事を好きになり始めている。

2人でご飯を食べたら、いつも家まで送ってくれる。

「いつも奢ってもらって...
ごめんね?」

「そんなの気にしなくていいから。
スミレは女の子なんだからさ。」

「うん...
でも、今度は私に奢らせてよ。」

「うーん...」

リクは少し目を伏せて考えている。

「あっ!そうだ
スミレ、ちょっとこっち来て?」

「え?」

車を降りていた私は窓のなかに顔をいれた。

「んっ」

リクに頭を引っ張られ、キスをされた

「んっ は...」

ゆっくりと離れる。

「お礼はこれで♪」

「///もぅ。
外なのに///」

「ははは!
じゃあまたな。
気をつけろよ。」

「気をつけるって笑
家目の前なのに笑」

「なにが起こるか分からないだろ?」

「分かった。ありがとう。
リクも気をつけてね。
おやすみ。」

リクの車が見えなくなるまで見送った。

『こんな赤い顔で家に帰れないよ...///
今私すごく幸せ。
人に想われるってこんなに幸せなことなんだ...』

マンションの前で涼んで、私は家に入った。
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