シルビア





「貰って。いらなかったら捨てていいから」



『捨てていいから』、いつも彼が私になにかを渡す度についてくる言葉。

その言葉を聞く度に、あくまで押し付けがましくないように、と気遣うその性格の繊細さを感じられる。



嬉しい、とても嬉しい。

心はその気持ちで溢れるのに、言葉に素直に表すことはできず、黙って袋をぎゅっと抱える。


そんな態度から、私が嫌々受け取っているわけではないと察したのだろう。その顔は嬉しそうに微笑む。



「誕生日、おめでとう」



まっすぐに伝えられた、その一言。

私の誕生日、好きなもの、こういうことをひとつひとつ覚えてくれているところ。それに加えてその笑顔がまた、この心をぐらりと揺らすんだ。

その揺れに耐え切れず、紙袋を握る手に自然と一層力が込もる。



「じゃあ、俺行くね。これ、渡したかっただけだから」

「あっ、えと……」



言わなきゃ。

『ありがとう』、って。『嬉しい』、って。

素直に伝えなきゃ。そう思うのに、やっぱり気持ちはうまく言葉に現れてはくれない。



「ん?どうかした?」

「……なんでも、ない。お疲れさま」



結局言いたい言葉を飲み込んで誤魔化してしまった。

そのことに気づいているのか、いないのか、望は「うん、お疲れさま」と手を振りまた改札を出て行った。



言えなかった、『ありがとう』って。

この花のことも、さっきの織田さんとのことも。伝えたいことは沢山あるのに、なにひとつ言えない。



……でも、覚えてくれていたんだ。私の、誕生日。

すっかり忘れられているとばかり思っていた。覚えていたところで、そんなこともあったなって思われる程度だと思っていた。

だけどこうして、『おめでとう』を伝えてくれた。



「……しかも、赤いバラって」



ただの偶然。私がほしがっていたことを感じ取ったからくれただけで、それ以上の意味なんてない。

そう分かっていながらも、その花の意味を深読みしたら、嬉しさを隠さずにはいられない。



歩き出す、疲れ切った足。紙袋の中で揺れるのは、真っ赤なバラと緑の葉。



赤いバラ、その花言葉は



『あなたを 愛してる』





< 69 / 203 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop