雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
「でも、知らないままにしておくのは大変じゃない?
何も知らずにいるのだって、近づくのと同じくらい危険なことだよ」
「……そうかな?」
「そうだよ、無知って本当に危険なんだから。
知っていなくちゃ正しく対処なんてできないでしょ、避けるばかりでこれからもずっとうまくいくとは限らないし。
ちゃんと知っておいて、何かあってもきちんと対処できた方が皆藤さんのためにもなるよ。
皆藤さん、自覚していないだけで、かなりそういうものに狙われやすいから」
「そうなの?」
首をかしげると矢田は大きくうなずいてみせた。
「オカルト研究部ではね、むやみやたらに怪奇現象の事象に接触しているわけじゃないのよ。
自分たちはもちろん、周囲にも迷惑をかけないためにも、本当に危険なことには首を突っ込まないし、儀式だってきちんと手順を守って終わらせる。
そういう勉強だってしているの、皆藤さんにぴったりじゃないかな。
……皆藤さん、見ているとすごく無防備だから心配だよ」
矢田が本当にこちらを気にかけているように言う。
思葉は言われて足元に視線を落とした。
無防備でいることは玖皎や永近だけでなく阿毘にもさんざん言われている。
強い護身の力や手段を何も持っていないのに、気が付くと面倒事に巻き込まれていることがある。
しかもなかなか自覚することができないから、そうだと分かったときには周囲に迷惑をかけてしまっていた。
きっと思葉が気づいていないだけで、今までも何度も危ない目に遭っていて、そのたびに永近たちに守られていたのだろう。
(そうだ……あたしだけじゃないんだ。
あたしが何もできないでいるから、巻き込まれてしまう人たちだっているんだ。
知りたくないとばかり思うんじゃなくて、あたし自身が自力でどうにかできるようにならなければまずいこともあるんだ。
あたし、どうして自分のことしか考えられないんだろう……)
永近の知っている術の類を自分でも学ぼうと思わないのは、普通の人とどんどん違ってきてしまうように感じられるからだ。
普通の人には観聴きできないことを観聴きできても、思葉は一般的な人と何も変わらない、同じ枠からはみ出したくないのだ。
けれども、そう思うせいで周囲に迷惑をかけてしまうのは嫌だった。
誰かが自分の代わりに危険を被ることになる事態はどうしても避けたい、それがどんな人であっても。