白衣の変人
教授の助手という仕事
さて、なってしまったバイト初日の木曜日。その日、短縮された高校の授業を終えて真璃は例の教授室へと早々に向かった。あんな嫌味を言われたので何としてでも見返したかった。


「汐沢です、バイトに来ました。」


ドアの前に立って声を掛けたが、先日のような入室許可の返事がない。試しにノックをしてみたが、それにも反応は返ってこなかった。


(いない……?)


早めに来たはずとはいえ、まさか雇い主がいないなんてことあるのだろうか。いないとしたら、どこに行けば会えるのだろうか。先日会ったばかりの真璃にはあの陰険教授の行動パターンなど分かりはしない。


仕方なく、たまたま通った女子大学生に墨原の居場所を聞いた。


「あの、すみません。墨原教授の助手をしに来たんですけど……教授はどこかに出られているんでしょうか?」


聞かれた女子大学生は“すみはら”という単語を聞いた瞬間心底嫌そうな顔をした。その後、真璃に同情の類の視線を投げてくる。


「貴女……“あの”墨原の助手やるの?」


「ええ……バイト受かってしまいまして……。」


これには苦笑いで返すしかなかった。本当に、あんな人の下で働くと分かっていたら応募なんかしなかった。


女子大学生は溜息をつき、ボソリと呟いた。


「…………今度は何日もつかな。いや、何時間……か。」


不吉な言葉だった。やけに高給だったわけは、やはりあの性格から辞める人が絶えなかったということだろう。暗い表情になった真璃を見て、女子大学生は慌てて取り繕った。


「ああ、ごめんね。その、ほら……会ったことあるなら分かると思うけど……“ああいう”人だから。」


嫌味とか、陰険とか、表現する言葉はいくらでもあるはずなのに、彼女はあえてはっきりは言わなかった。まだ何かあるのだろうか。女子大学生は当初の質問を思い出し、「墨原は基本的に研究室から出ないで引きこもってるから、外に出ることはないと思うよ。多分仮眠かなんかしてるんじゃないかな。」と言って去って行った。


やはり中にいる(はず)と確信した真璃は意を決して研究室のドアを開けた。鍵が掛かっていたらおしまいだが(いっそそれを理由に帰りたかった)、ドアは無情にもあっさりと開いた。
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