今夜、上司と恋します

*




広瀬の目の前で電話を取るか。
どうしようか。

すぐに電話を取ろうとしない私に、広瀬は不思議そうな顔を向ける。


「出ないのか?」

「……」

「誰?」



そう言うと、私の携帯を覗き込もうとしたから慌てて私は隠す。
けど、時既に遅し。



「……佐久間、さん?」

「あ、うん。何だろう。仕事の事かな。ごめん。ちょっと出て来る」


これで出ないのも、おかしい。
いつも広瀬の前で気にせず電話に出るのに、違う場所に行こうとしてるのもおかしい。


わかってるけど、広瀬の目の前で電話に出たら何もかもがバレる気がする。


「目の前で出ろって。いつもそうじゃん」


立とうとした私の手を、広瀬がぐっと掴む。
振り解く事も出来ずに私は静かに座りなおした。


座ったというのに広瀬の手が解かれる事なく、繋がれたまま。



「……」

「……」


尚も鳴り続ける着信。
広瀬の痛いほどの視線を受けながら、私は通話ボタンを押した。



「はい、もしもし」

『あ。広瀬と出かけてるとこ悪い。今少しだけ大丈夫か?』

「……はい」


ちらりと広瀬を見ると、ばちっと視線がかち合った。
それから、広瀬は私の手をぎゅうっと強く握る。


『企画書の事だが…』

「はい」


よかった。仕事の話だ。
ホッとしながら私は佐久間さんの話を聞く。


企画書のデッドラインと、デザイナーに話を通した事などを簡単に説明された。
< 99 / 245 >

この作品をシェア

pagetop