ウ・テ・ル・ス
「日本からの距離、物価、それに法規制が柔軟で私たちにとっては都合がいい。」
「そうか…。」
「ねえ、いっその事、マニラに病院建てちゃおうか。」
「それもいいかもな。」
 大して関心もなさそうな秋良の返事にため息をつきながら、秀麗はしばらく黙って宝石のようなプチトマトをフォークで突いていた。
 秋良から持ち込まれたこのビジネスは、順調に利益を産んでいる。しかしこのビジネスを作った当初からのパートナーでありながら、秀麗はこんなビジネスが成立することが不思議で仕方が無い。自分に置き換えてみれば、自分は子供なんて必要ないから、大金を払ってまで子供を欲しがる親の気持ちが理解できないのだ。今は需要が絶えないものの、このままマーケットが拡大するとはどうしても思えない。
 それに長年ウテルスの出産に立ち会い、彼女たちがもがき苦しむ姿を見ているうちに、さすがの秀麗も、女性の身体を商品化するこのビジネスに対して、複雑な思いをいだくようになっていた。
「秋良も感じているでしょう。私たちのビジネスも8年も続けて黄金期を迎えているけど、もう斬新なビジネスではなくなっているわ。男女平等法に無関心な国では、各国とも代理出産の法的認可とビジネス化の準備もしているし…。国内でも今後は競合も増えるでしょうし、所轄の監視の目も厳しくなってくる。」
「そうだな…。」
「ねえ、ふたりで新しいビジネスを始めない。北京、ハノイ、台北、ニューデリー。アジア各国に病院を建てて、ネットワークで結び、華僑を始めとしたアジアの大金持ちや政治家を相手に、ヘルスコンサルをするのはどうかしら。」
「金持ち専用の病院と言うよりは、都合が悪くなった時の隠れ家になりそうだな…。」
「それでも、今みたいに違法ビジネスではないわ。利益率は高いけど、捕まりそうになったらさっさとたたんでしまうような、腰掛けのビジネスとは違って、一生かけて育てられるビジネスよ。」
 秀麗はナイフとフォークを置いて秋良に向き直った。
「あなたとは、一生のパートナーでいたいの。」
 熱い眼差しの秀麗とは裏腹に、秋良は食事をする手を止めもせずあっさりと受け流した。
「新しいビジネスの話しは、今度の会議の時にでも話し合おう。他に話しはあるか。」
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