ドナリィンの恋
ドナリィンの恋
 マニラ発全日空950便は、15時に成田空港第1ターミナルに到着した。やっと面倒な搭乗客から解放される喜びに、満面の笑顔を見せるキャビンアテンダント。上目遣いに厳しい眼差しを向ける入管管理官。親しげな態度ながら疑いのトーンの声色で言葉をかける税関職員。胸をドキドキさせながらも、そんな人々の前を抜けて、ドナは成田空港の到着ロビーへ現れた。
 様々な人々の出会いと再会のドラマがロビーいっぱいに繰り広げられている中、ドナも叔母であるノルミンダの姿を見いだして、喜びと安堵の入り混じった声をあげて、叔母の胸に飛び込む。久しぶりに会った叔母は、少し太ったようだ。叔母の横に静かに控えていた叔父の頬にも再会のキスをすると、日本人では慣れない挨拶に叔父は恥ずかしそうにしながらも、優しくドナの肩を抱いて歓迎の意を表した。
 ドナはフィリピンの十九才の娘。マニラで大学の看護学部に通っているが、日本人と結婚した叔母のはからいで、叔母の家にホームスティしながら短期体験留学することとなった。彼女にとっては初の海外。日本語はまったく理解できなかったが、母国語のタガログ語の他に英語が話せた。
 ドナとノルミンダは、成田空港から都内の自宅へ向かう車の中で、タガログ語で機関銃の打ちあいのように近況を報告し合う。やがて、東関東自動車道から首都高に入るとふたりの話も落ち着き、ドナは車窓から覗ける外の景色にくぎ付けになった。ビルの合間を縫って走るハイウェイが、映画に出てくる未来都市のようだ。それにしても、奇怪な文字が描かれている屋外看板とそれが立ち並ぶ街の風景は、とても奇妙に感じる。もちろん、なんの看板なのか皆目検討がつかない。そう言えば成田空港で見た日本の女性たちも、今まで祖国では見たことも無いファッションを身にまっとっていた。三宅坂トンネルをくぐりながら、ドナは一生に一度の冒険が始まっていることを実感した。

 伯母のノルミンダの家にくと、ドナは滞在中自分の寝室になる部屋に案内された。なかなかいい部屋だ。彼女はさっそくスカイプで国に残る妹のミミに連絡した。
「Hello nandito na ako.(無事に着いたよ。)」
「Maaga ka ha.(結構早いのね。)」
「Kumusta si Nanay?(マムはどう?)」
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