【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
朱雀とは何ぞや。



 祭礼の最後に巫女がお神酒や、米、地元でとれた鯛、鮑などを奉納して本日の予定は終わる。

 巫女である私には、すでに祭礼の場に朱雀がいないのがよくわかっていたけれど、周囲の目が光っているのでやっつけでその儀式をこなし、それが終わるや否や、重い五つ衣を勝手に脱いで動きやすい小袖と袴だけの姿になった。
 そして榊さんの隙をついて控え室を脱走。

 巫女は祭礼の最後まで出ていたが、早々に出番を終えた稚児たちはすでにそれぞれ千歳飴を手に表に出ている。そのかわいらしい行列を横目に、私は急いで景久さんと彰久を探す。
 巫女や演武の男たち、お囃子の人々は皆それぞれ担当ごとにきちんと着替えの控え室をあてがわれているはずだ。

 建物内に明りの少ない和風建築の中は夕刻ということもあってすでに薄暗い。

 私はあちこちの部屋の前の貼り紙を素早く確認し、すぐに目指す彼らの控え室を見つけた。
 さすがにまだ着替えの途中だろうと私にしては珍しく気を利かせてノックをしようとすると、中から男の声が聞こえた。
 彰久の声だった。

「いい加減にしろッ……!」

 続いて何か物の倒れる音。

「お前みたいなクズに、美穂を幸せになんかできるはず無いッ……!!」

 け、喧嘩だ。しかも喧嘩のネタは私、みたい……。
 彰久がこんな事を言って食って掛かる相手といえば景久さん以外には考えにくい。

 ええい、男性の控え室だが仕方ない。
 私は思い切りよく襖を開けた。


「彰久っ、喧嘩はやめなさい!」

 控え室の中では、彰久が景久さんの胸倉をつかみあげていた。

 二人ともまだ演武の衣装のままだ。
 室内には衣装の一部である肩当や矢筒、総角(あげまき)で飾った飾り太刀、畳紙などが散らばっている。

 突然の私の登場に、彰久は大きな目をさらに大きく見開いた。景久さんも彰久に胸倉をつかまれたまま、ちらりとこちらに目線を動かす。

「美穂……」

「殴ったのっ?身内同士で何をやってるのよあんたたち。
 彰久、景久さんを離して。あんただって怪我をしてるんだから喧嘩なんて」

 私は彰久の袖をつかんで引いた。

「美穂さん、口出しはやめてください。これは僕と彰久の間の問題だ。あなたは関係ない」

 景久さんは私を制してから、きつい目で彰久をにらんだ。


「僕も、彰久とは一度話し合っておきたいと思っていたのです。今後、いきなり今日の演武のようなことをされては困る」

 背の高い彰久に胸倉をつかまれても景久さんは強い態度を改めない。案外気の強い男である。
 彰久は低く唸るように言った。


「お前に美穂の夫たる資格は無い。
 演舞で俺を捻じ伏せたつもりだろうが、俺は諦めない。公衆の面前で当主の座を追われたくなければさっさと美穂から手を引け」

「お断りです。僕と彼女の結婚だ。互いに納得して夫婦になったのだから高校生の子どもに横から口を出される筋合いは無い」

「てめぇ……」

 彰久はその美貌に燃え立つような怒りをにじませた。


「やめなさい!」

 また彰久が景久さんを殴ってしまいそうで、私は彰久の右手を強く引いた。

「お前は引っ込んでろ、こいつじゃお前を幸せには出来ない」

 私はそれを聞いて眉間に皺を寄せた。

 そんなことで喧嘩をしているのか。

 私はさっき、御簾一枚隔てたあんたたちの面前で朱雀に殺されそうになったのよ!?本気で怖かったのよ!?
 それなのにこいつら。何が私の幸せだ。

 景久さんは私の剣となり盾となると言ったじゃないか。
 彰久はあんたを助けるとかなんとか言っていたじゃないか。
 それがいざ私が殺されそうになったとき、こいつらは私をネタに喧嘩である。

 常に冷静な大人の女である私もさすがにこれにはムカムカした。
 こいつら、口ばかりじゃないか。
 ダメだ、男はアテにならん。


「アホか!別に私は景久さんに幸せにしてもらおうなんてこれっぽっちも思っちゃいないわよ。
 人が殺されそうになってるってのにくだらない喧嘩ばかりして!
 ところで、私はあんたたちに聞きたいことがあったからここにきたんだけど、まだ喧嘩をしたいみたいだから出直すわ」

 馬鹿男どもめ。何が私の幸せだ。
 人が朱雀に殺されそうになっている間もむきになって戦って、私のことなんか気にもかけていなかったじゃないの。朱雀が見えるのは私とあんたたちだけだってのに。

「バーカ!殴り合って死ね!」

 捨て台詞を吐いて部屋を出て行こうとすると、景久さんが私を呼び止めた。

「美穂さん、待って下さい。殺されそうに、とはどういうことですか」

「だからその話をしにきたのに、あんたら頭に血が上って馬鹿になってるから話せないんでしょうがッ!もういいです自分で解決するから。
 今日という今日はあんたらがいかにあてにならないかよおおおおぉくわかったわ」

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