【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
私はお金のために結婚した。景久さんはお金をちゃんと払ったのだ。彼が心の中で何を思っていようと、事実がどうであろうと、契約は果たされた。
契約どおりだ。
ただ、私はいつの間にか彼に誠実さと愛情を求めてしまっていた。夫婦なのだから、いつかは互いに信頼し合い、せめて互いに憎からず思う日が来るだろうと思っていた。
けれど、景久さんに想う人があるなら、その期待はもうかなえられることはない。
私はずっと、死ぬまで一人、この広大な屋敷で一人ぼっちで暮らすことになるのだ。ちゃんと夫婦で暮らしているのに。
私のことをちっとも好きじゃない人と結婚することと、他に好きな人がいる男と結婚することは、全然違う。
あらためて景久さんの口からそれを聞くと、契約結婚とわかってこの家に入った私もさすがに辛かった。
「美穂さん、あなたには何の瑕疵(かし)もありません。すべては僕、ただ一人が悪いのです。このことについてはどのようにでもお詫びします」
謝ってほしいんじゃない。
謝るくらいなら私を解放して欲しい。
そう言いたかったけれど、私はぐっとそれをこらえた。
景久さんが私を開放するというのはすなわち、景久さんの死を意味するからだ。
「少し、一人になっていいですか」
浴槽にお湯が溜まっていく音を聞きながら、私は脱衣所の大きな鏡を見つめていた。
今日一日外にいたせいで、少し日に焼けた気がする。
桜子さんは磁器のようになめらかで白い肌をしていた。
化粧をしている様子はないのに、唇は薔薇のように赤く目はぱっちりとしていて、竹久夢二の絵のように、女の子の憧れを詰め込んだような可憐な顔立ちだった。私とは何もかも違う。
私がもし、彼女の半分でも美しかったら、景久さんは私を見てくれただろうか。
卑しい考えが私の脳裏をよぎり、私はそれを振り払うように強く首を横に振った。
違う、そうじゃない。私がブスだから、年増だから景久さんは私を見ないんじゃない。美しい人は何も桜子さんただ一人というわけではないのだ。でも、景久さんは桜子さんを生かすことに自分の人生を捧げた。決して桜子さんに愛されることのない道を自ら選んだ。
彼は彼女の心の強さ、弱さ、苦しみ、すべてを隣で見つめながら、長い長い時を積み重ねてきたのだろう。愛しているのだ、彼女を。
もっと美人に生まれていたら。
ふられるたびに私はそんなことを考えてきた。でも、それは多分見当はずれな思い込みだ。
もし景久さんがイケメンじゃなくても、私はきっといまのように桜子さんをうらやみ、嫉(ねた)んだことだろう。人を好きになるってそういうことだ。
わかっているのに。
鏡の中でしょげている私はやっぱり桜子さんの可憐さなどどこにもなくて、ただただ、悲しいほどにいいところのない女なのだった。
その日の夜、景久さんは私のベッドには入ってこなかった。
これだけ私にひどいことをしておいて、変に情けをかけるのがいかにも景久さんらしく、かえって憎たらしい。
景久さんはたぶん、私が彼に期待していた気持ちを知っている。だからこんなふうに私が気持ちを落ち着けるための時間をくれたのだろうと思うと、情けなさすぎてまた泣けた。