【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】


 彼に連れて行かれたのは国道沿いのファミレス、ではなくお高そうな料亭だった。


「こんな格好でこんなところ、まずいでしょう!」


 車を降りた瞬間、私は思わずそう叫んでビール会社のロゴがはいったジャンパーを脱いだ。しかし、下に着ているのはぴったりと体に沿うデザインのタンクトップ。たるんだ二の腕が見苦しいのと鳥肌の立つような寒さのせいで、私は数秒もたたないうちに無言でもう一度ジャンパーを羽織った。

「どんな服装でもジーンズでなければ平気ですよ、ランチですし」

 彼は私のたるみきった二の腕に動じることもなくそう言って、着物姿の女将と一緒に店に上がってしまった。


 彼に連れて行かれたのは料亭の離れで、完全なる個室だった。
 時代劇でしか見ないような風情のある庭に囲まれた離れには当然私たち以外に客の姿はない。
 あまりに金のかかったこの「ランチ」に固まっている私に、彼はさりげない口調で言った。

「二人きりでお話をしたかったので、こうしました」
「……」

 お話ってなんだよ。
 私は不安を感じて席に着かず、襖の前に立ち尽くしていた。

「どうしました。どうぞ、遠慮せずおかけください」

 遠慮をしているのではない。
 私は落ち着いて座っている彼の様子をチラチラとうかがった。

 ああ、身元の確かな相手だからってこんなところにホイホイついてきた私が馬鹿だった。

 私たちの間に二人きりで話しこむようなことなど何もない。だって結婚話はきっぱりくっきりはっきり誤解の余地も曲解の余地も無いほどきっちり断ったもの。

 私は通された座敷を見回した。座敷の外は典型的な日本庭園が広がっているが、廊下や庭に面していないところは襖がぴったりと閉じられてあり、建物の大きさから推し量るに襖の向こうにもう一室部屋があるような気がする。

 座敷と、そしてもう一室。


 昔の時代劇や古いドラマを見て育って世代ならばこの間取りと同伴者の組み合わせに高確率でいやな想像をするだろう。

 少なくとも私は想像した。

「あーれー!お代官様、お許しを!」そう叫ぶ町娘の姿を。
「この取引は君の体にかかっているんだよ」そう言って薄ら笑いを浮かべる脂ぎった権力者と、怯えるうら若き女性秘書の姿を。

 私は立ったまま肩からかけたバッグの肩紐をぎゅっと強く握り締めた。この季節だというのに私の手は脂汗でじっとりと湿っている。

 彼は「話」がしたいのではなく……私の体が目的で、このお高そうな店を選んで私を連れ込んだのではないだろうか。

 だって彼は私にプロポーズしてきたのよ?つまり、元々この男は30過ぎのブスを抱く気満々だったってこと。私の何が気に入ったのか変態の心情は理解しがたいが、ほとんど初対面に近い独身の男女がただの個室ではなく離れの個室でわざわざ話なんかする必要はない。そこには絶対に何か意図があるはずだ。
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