【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
妻問いの儀。



 これは寝殿造りというのだろうか。今の日本にこんな建物が残っているなんて知らなかったわ。まるで平安時代にタイムスリップしたみたい。
 絵巻物の世界が今、自分の目の前に広がっている。

 私はぽかんと口をあけてその壮麗で典雅な建物を見回した。


 北条家の門を入って一番はじめに見るのはよく手入れされた和風の庭と大きな洋館なのだが、実はその奥の敷地にほぼ森林といってもいいほどの広大な敷地が広がっている。

 そちらの奥の敷地に足を踏み入れた瞬間、霊感など小指の先ほども無いこの私が不思議と空気が引き締まったのを感じた。
 年を経た見事な大木がたくさん植えられているせいだろうか。ここの空気はとても清らかだ。時折竹林の間を風が通り、さやさやと涼しい音を立てる。

 木々の間に敷かれた玉石を踏んで奥に進むとまるで神社のような建物が見えてくる。
 大きな棟をいくつか渡殿と呼ばれる橋でつないだ建物は教科書で見る源氏物語の世界を髣髴とさせた。

 私はその建物の中に案内され、簾(すだれ)の内側に座るように指示され、もう20分以上庭を眺めて正座をしている。
 正座に慣れない私はたった数十分の正座で足が痺れてきた。

 おかしいわね、昔は正座だったらかなり長時間座っていられたのにもう辛いなんて。太ったのかしら。
 私の十年近い都会生活は私の体から正座の習慣をすっかり奪い去ってしまったらしい。私は何度もお尻を動かして体重を逃がしながら耐えた。
 しかし足を伸ばして寛(くつろ)ぐわけにはいかない。だめだとあらかじめ言われているわけではないけれど、私のそばにはいかめしい顔つきをした着物姿の女性がずっと座っている。

「婿(むこ)さまです」


 不意に私のそばに座っていた着物姿の女性がそっと私に耳打ちした。

 
 むこさま?


 目を上げると簾越しに見える庭を挟んで向こうの建物に数人の男性が見えた。

 黒っぽい地味な着物の男性に導かれて渡殿(わたどの)と呼ばれる廊下を歩く男性は、鮮やかな緑に金の模様を織り込んだ、いわゆる狩衣に少し赤味を帯びた紫の袴姿。緑の着物の下に重ねた薄い黄色の色合いが周囲の晩秋の庭に浮き立って華やかだ。これが儀式のメインである婿様、つまり景久さんなのだろう。景久さんのあとには鯛だのお酒、絹などを捧げ持った男の人たちが数人続く。

 しんとしたその庭に彼らの袴をさばく衣擦れの音だけがかすかに聞こえる。

 彼らはすぐに渡殿を渡りきって建物の中に入っていってしまった。

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