小春日和
敗色
〜春side〜



なんて言えばいいのかわからなかった。


過去形ではなく、今でも。


「湊、だよ」


そう口にしたとき、自分がどんな顔をしていたのかわからない。


気づいていたから、気づかないフリをしていたのに…


冬の視線の先に居るのは、最近はずっと湊だった。


話しかけず、正面から見ようともせず、ただ彼の背中に視線を注いでは目を逸らす。


その繰り返し。


それだけでも、私には耐え難いものだったのだ。


「みなと…かぁ」


冬は嬉しそうに彼の名を口にした。


…あれからまだ1週間。


私にとっての当たり前で特別な時間は変化した。


冬の隣には湊が居るようになったのだ。


冬が湊の隣に行くようになったとは考えたくないけど、実際はそうだ。


彼は女の子と話すことは苦手で、私と話すだけで精一杯なはずなのだから。


それでも冬と話すのは慣れたようで、二人の距離は歩きながら時々手が触れるくらいになっていた。


そんな二人の後ろ姿を見ながら歩くのが、今の私の当たり前。


周りから聞こえてくる噂話を聞こえないフリをするのも、私の今の習慣となっていた。


耳を塞いでいたい…。


私がどんなに彼女の近くに行こうとも、こんな噂は流れない。


ただ、男か女かというだけで何が違うのか。


下心が暴かれずに済むから特をしたと思っていたけれど、なにも特なんてしていない。


彼との差を見つめることしかできない自分が情けない。


後ろを付いて歩いているのが嫌になり、そっと足を止めてみた。


「どうしたの?」


その声を待って。


冬ならきっと、気づいてくれると期待して。


けれど、二人は私が足を止めたことにも気づかずに廊下を進んでいく。


一歩、また一歩と。


「返して…」


静かに零れた涙を拭う手は自分の手。


この声が届くことはないのだろう。


こうして離れて見るとよくわかる。


思い知らされる。


距離も、視線も、私に向けるものとは違う。


返すも何も、あそこには彼しかいない。


そこは彼の場所であって、私がいた場所ではない。


気づかなかった自分の馬鹿さ加減に笑えてくる。


彼女の中にあった私の居場所は、もう消えてなくなっているのだ。


それを知っても尚求め続けるのだから、私は本当に馬鹿だ。


< 16 / 30 >

この作品をシェア

pagetop