早水百合香は諦めない。 ①早水百合香の非日常的日常

 どうしてこうなってしまったんだろうか。誰もいなくなった2年A組の教室で、牧村和真は頭を抱えていた。時刻は16時45分。夕陽が窓際最後列の席に座る和真に差し込む。まだ暑さが残る9月だが、汗一つかかずに死んだ魚のような眼で遠くを見つめていた。口も半開きという、なんとも情けない表情だ。

「やっぱり別れてもらうしかない、どんな手を使ってでも…」

 ガガッとイスの滑り止めゴムが木造の床と擦れる音が響く。和真は先程とは打って変わって、決意を固めて引き締まった顔で立ち上がり、ズボンの右ポケットに入っていたスマホを取り出した。すぐさまホーム画面から、電話アプリを起動する。そして、画面にこの名前が出たところでタップする。

 -早水 百合香-

「頼むから、出てくれよ」

プルルル…と、耳元で発信音が鳴り響く。何故か今日はこの音が耳の奥を抉ってくるような感覚だ。すごく気分が悪い。
 和真はそもそも思い出したくもないのだ。その女、早水百合香のことを。
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