今しかない、この瞬間を
田澤さんは彼の大学の先輩だし、言うまでもなく、私たちの上司だ。

だから、恐らく彼の中でも、淵江コーチや森野コーチとはだいぶ位置付けが違う。


だけど、それを言い訳にして、彼に黙って行くのは良くなかったかも。

だって、相手が田澤さんなんだもん。

私が「一女性」として相手にされる訳がない。

それくらい彼にもわかるだろうから、きちんと言っておけば、あんな顔は見せなかったはずだ。


言うチャンスはあったのに、言わなかったことを、早くも後悔している。

でも、その一方で、誘われる度、いちいち報告してたら、自惚れてると思われるんじゃないかってビビってる自分もいる。


彼の気持ちがよくわからないだけに、この線引きは相当難しい。

あぁ、何か、上手く行かないな.......


「どうしたの? 溜め息?」

「え? あっ、そんなことないです。お待たせしました。」


わっ、ボ~っとしてたら、もう車に着いちゃったんだ。

ため息なんて吐いてる場合じゃない。


「光汰に何か言われた?」

「いいえ。」

「そう、なら良かった。引き止められてるのかと思って、ちょっと嫉妬しちゃった。」

「へ?」


今のやりとり、見てたんだ。

だけど、どういう意味?

なんで嫉妬するの?


「でも、来てくれたってことは、俺にもまだ望みがあるってことなんだよね?」

「......へ?」

「じゃあ、もう遠慮するのは止めようかな。」

「え? 田澤、さん......?」

「ま、その話は、また後で。さぁ、行こうか。」

「はい.......。」


田澤さん、それって、もしかして、もしかするんですか?

私、からかわれてるんじゃないですよね.......?


胸が急にドキンとして、田澤さんの顔が見られなくなる。

まさか、あり得ないでしょ。

勘違いだよ、きっと。


そう思い込もうとするけど、もうドキドキが止められない.......
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