初夏…君を想う季節
先生と談議
「さぁ、どうぞ。散らかり放題で申し訳ないが。」

「失礼します。とんでもありません。」

確かにものは多いが、分類されてきちんと整理されている。

「今コーヒーを淹れるから少しそこで待っていて。」

「はい、いつもすみません。」

「で、今日はね、三国時代のことについて話してみたいんだがどうだろう?」

「えぇ、はい。面白そうですね。」

「君は曹操という人物をどう思う?武力でもって国を統一しようとした武人だが。」

「そうですね、暴君と呼ばれることもありますが、私はそこまで傍若無人な人間だとは思いません。
詩(うた)にもそれは表れていると思います。暴君とも恐れられた人間が書いたとは思えない。
文才もあり、また頭も相当切れたと思います。まぁ、劉備から見れば酷い人間に見えたかもしれませんが。」

「やっぱり君はユニークだね。それに、とても良く人物を知っている。
兵法学などで功績を残したことは有名だが、漢詩にまで精通していたことを挙げるなんて流石だ。
僕も曹操がそこまで極悪人であったとはどうしても思えない。
趙雲や劉備のように武勇伝が数多く残っている人物ではないが。
あ、そうだ。三国時代といえば…これこれ、これを見てくれ。」

そういって差し出されたのは数十枚のプリントの束だった。

「何年か前の高校生論文大会のものなんだが、すごいと思わないか?
とても高校生が書いたとは思えないよ。」

「えぇ…はぁ。あの、大変申し上げにくいのですが、先生これ私が書いたものです。」

「え?君が?姓が違ったからてっきり…でもそうか。
言われてみれば、君なら納得できる。」

「この時はまだ父親姓だったので。今は母親姓ですが。
それにしてもこんなに昔のものよくとっておられましたね。
6年ほども前のものなのに。」

「そうだったのか。いや、これを初めて読んだ時震えたんだよ。
この全く知らない子が書いた論文に感動さえ覚えた。
あの時のことは未だに鮮明に覚えているよ。」










*曹操とは、三国志にも度々登場する中国歴史上の偉人。乱世の奸雄(らんせのかんゆう)とまで評され
その生涯をもって魏(ぎ)の国の礎を築いた人物である。

*劉備とは、彼も三国志には最重要人物といっても過言ではない偉人である。蜀(しょく)の国を治め、
初代蜀国の皇帝にもなっている。穏やかで民を常に案じたという優しすぎるほどの性格の持ち主でもあった。

*趙雲とは、劉備につかえた蜀(しょく)の将である。
まだ赤子だった劉備の息子を戦場から傷だらけになりながら救出してきたという逸話の持ち主。
しかも、乳飲み子をかかえ命からがら劉備のもとへ帰ってきた彼が
一言目に発した言葉が当時の劉備の妻を救えなかったというものだった。
男前を地で生きたような人間である。
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