アクアブルーのラヴソング
ぼくはこの生まれてはじめての幸福な気持ちをどう扱ったら良いのかわからず、ただ途方に暮れながら、美耶子の方から何か話しかけてきてくれるのを、迷子の子犬のように待ち続けていたのだった。
「キョウジ!」
今度はマニシャからお呼びの声がかかった。
彼女は近くのスーパーで買ってきたスナック菓子を頬張りながら、ぼくを手招きする。
向かいに座っている美耶子は、少し照れくさそうにはにかみながら、こちらを見ている。
ぼくは立ち上がると、ふたりの方へ歩き出した。
「ねえおしえてよ」
歩いてやってくるぼくに向かって、マニシャはいかにも楽しげな口調で尋ねてきた。
「あんたミャーコのどういうところが好きなの?」
ぼくはすぐそばまでやってくると、その場には座らず、立ったままで、正直に答えた。
「ぜんぶ」
マニシャは興奮して、キャーと叫んだ。
「オッケーオッケー!じゃ、ミャーコは?」
美耶子は力なく微笑むと、この暗がりでもはっきりとわかるくらいに、顔を真っ赤にしてうつむいた。
マニシャはうっとりした声色でため息をもらすと、美耶子を自分の方へ抱き寄せ、「わたしも本当に嬉しい」と、軽く涙ぐみながら言った。そしてせわしなく立ち上がると、「お手洗いに行ってくるわ」と言って、目元を拭きながら更衣室の方へすたすたと歩いていった。
ようやく美耶子とふたりきりになれた。
美耶子は軽く笑みを浮かべながら、先ほどまでマニシャの座っていたところを見つめている。
「美耶子」
彼女がこちらに振り向くや否や、ぼくはその場にしゃがみ込み、横から彼女をぎゅっと抱きしめた。
美耶子は少しの間そのまま動かなかったが、やがてぼくの想いに応えるかのように、そっと優しくぼくの二の腕に触れた。
彼女に伝えたいことは山ほどあるのに、何も言葉は出てこなかった。
この気持ちを余すことなく彼女に伝えたかったが、たとえどんな言い回しを駆使しても、その一パーセントも伝えることはできそうになかった。
「キョウちゃん…」
美耶子はかすかに声を震わせながら、静かにぼくの名前を呼んだ。
「…あたし…」 
ぼくはいつまでも、ただいつまでも、こうして彼女を抱きしめていたくて、さらに強く彼女を抱き寄せた。
美耶子は、静かに息を吸った。
彼女の柔らかい後ろ髪を頬で感じながら、ぼくは、このとき、彼女が泣いていることにはじめて気がついた。
「…あたし、来週日本に引っ越すんだ…」
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