痛々しくて痛い
「通勤に使う労力と金銭的負担、両面から考察した結果、自分の中で妥協できるエリアがそこだったんだよね」

「なるほど…」

「それにまぁ、アパートから停留所まで徒歩1分弱で、バスに乗りさえすればあとは一直線に会社前まで運んでくれるんだからね。それ以上の利便性を求めるのは贅沢かなと」


言いながら、身支度を終えた絹田さんはロッカーの扉を閉め、鍵を施錠した。


私も慌ててコートを着込み、時間差で同じ動きをする。


そのまま自然の流れで二人同時にドアに向かって歩き出し、ロッカールームを後にした。


「あ。私、おトイレに寄ってから帰ります」


エレベーターにて一階に到着し、ロビーを横切りながら絹田さんに宣言。


「そ?じゃ、私は先に行くわ。お疲れ」

「はい、お疲れ様でした」


お互いにそう挨拶しあいながら別れ、絹田さんはそのまま玄関へ、私は化粧室へと向かう。


用を済ませ、手を洗い、洗面台の鏡の前でマフラーと手袋を装着した。


準備が整った所で化粧室を後にし、一直線に玄関へと向かう。

自動ドアを抜けた瞬間、全身に襲い来る冷たい外気に思わず怯み、立ち止まってしまったけれど、意を決し、再び足を踏み出した。


玄関前のロータリーから歩道に出て、駅へと向かうべく左に折れると、すぐの場所にバス停留所があり、通り過ぎる際にそこに佇む人達をチラリと確認したけれど、絹田さんの姿はなかった。
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