痛々しくて痛い
5万円も下ろす必要はなかったな、と思う。


いつも1万円くらいしかお財布に入れておかないので、それ以上の金額を持ち歩くのは何だか落ち着かないし、帰りに少し戻しておこうかな。


いつも持ち歩いているのはお給料が振り込まれている銀行のカードで、大手なだけあってあちこちにATMがあり、この後の自宅までのルート上にパッと思い付くだけでも3ヶ所は確実に存在していた。


そんな事を頭の片隅で考えつつ、事務員さんに保険証を持参していなかった事、明日またお手数をおかけしてしまう事を改めてお詫びした。


「いいえー。口の中って自分ではよく見えないから、とても心配ですよね」


彼女はにこやかに答えてくれた。


「もし傷からバイ菌が入ってしまったりしたら、後々大変な目に遭いますから、賢明な判断だったと思いますよー」

「そ、そうですか?」

「ええ。また何かありましたら、ぜひとも当院へお越し下さいね。夜8時までやってる所はなかなかないですからー」


どうやら営業トークだったらしい。


だけど、全然イヤらしい感じは受けず、むしろその無邪気な商売上手っぷりに微笑ましくなってしまった。


「お世話様でした」「お大事に」という挨拶を交わし合い、玄関へと向かう。


スリッパを脱ぎ靴に履き替え、ガラスのドアを開けて外に出た所で、鞄からケータイを取り出し、今までオフにしていた電源を入れた。
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