砂漠の賢者 The Best BondS-3
 たとえ、背中を預けるどころか一人で突っ走って行くような人間が相手であっても。
 たとえ、背中を預けたらその途端にもサボるに違いない人間が相手であっても。
 心を預けず、命を預けず、ただ現在誰に強制されたわけでもなく同じ方向を見ている彼らが此処に居る。
 何も預けず、だが全てを預かる彼らが此処にいる。
 ただ、其処に在る。
 そしてゼル自身もまた其処に居て、彼らの全てを預かりたいと思った。

「やはり、変わったな」

 ティンクトニアは何処か寂しそうに笑って。

「……私は少し、彼らが羨ましい」

 そう言って今度こそ本当に背を向けた。
 ティンクトニアがもう振り向かないことを、ゼルは知っていた。
 だから、自身の血で朱に染まったハンカチをポケットの中に押し込み、両手を高く掲げ、伸びをした。

「さって、と。あ、おいアンタ」

 退散しようとしていた一人の男の首根っこを掴む。
 掴まれた男は一瞬にして青ざめ、ひっ、と小さく声をあげた。
 目が恐怖に彩られている。
 ゼルは眉を顰めた。
 これではまるで悪役だ。

「地下に行きてェんだけど道がわかんねェ。どーすりゃいい?」

 男は可哀相な程にうろたえ「ティンク隊長〜!」と情けない声で助けを求めた。
 ティンクトニアは歩みを止めぬまま、手を振った。

「案内してやれ」

 ゼルは男の顔を覗き込み、歯を見せて笑った。

「そ、そんなぁ〜!」

 この世の地獄を見たかのようなか細くも必死な声が廊下に俄かに響き渡った。
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