砂漠の賢者 The Best BondS-3
「……!」

 ぶるりと背が震えた。
 血にまみれ、体のあちこちに煤(スス)をつけ、顔を歪ませているというのに、それでも二粒の宝玉は活きていた。
 命の煌めきそのものかのような光を湛えた双眸に映る欲望は、やはり深い。
 舞を踊っていた時とは比べものにならない輝き。
 訳もわからないまま惹かれたその欲望の正体。
 それは――命への執着。
 だからこそ命が危険に晒されれば晒されるほど輝きは増し、誰をも惹き付ける光を放つ。

「エナちゃん!」

 神の願望によって作られたかごとき美の化身がその少女の名を呼び駆け寄ろうと足を運ぶ。

「大丈――」
「動くと撃つぞ」

 ハセイゼンの声で足を地面に縫い付けられた紅の美女は自嘲するようにくつくつと喉を鳴らした。

「……撃てば? って言ったらどうするつもりだったわけ?」

 苦々しいその言葉にハセイゼンは笑う。

「言ってみてはどうだね?」

 銃口をハセイゼンに向けたまま、男は肩を竦めた。

「冗談でしょ。口が裂けても言えないね」

 この男もまた、少女の欲望に魅せられて尚且、それを叶えてやろうと心に課した者であるから。
 エナを人質にとられては動けない。
 この場で動けるのはハセイゼンとリゼ、ただ二人のみ。――否、もう一人。

「ふ、ざけんな……!」

 よろよろと立ち上がったエナの太股からはきつく締められたベルトが覗く。
 おそらく普段はナイフあたりを装備するためのものだろうが、今は止血の役割を果たしていた。

「こんくらいの傷……っ!」

 見える横顔に輝く執念、輝く意志。
 太陽さながらに沸き立つ彼女の感情がこの心を容赦なく犯す。
 『あたしは生きる』と彼女の全身が告げていた。
 魂からの叫びが確かに聞こえた気がしたのだ。
 そして見える気がするのだ、体から溢れ出る眩いばかりの光が。
――あの男を殺せばいいのですか?

 口を突いて出そうな言葉を飲み込んだ。
 口にすれば少女はあの全てを焼き尽くすような激しい目をこちらに向けてくれるだろう。
 初対面で協力を申し出た時のように非難に染めあげて。
 それが見たい。そう思う心も嘘ではないが、今の彼女の視線はそれだけで既に脅威で。
 眼差しだけで射殺されてしまうかもしれない、とリゼは思った。
 だからリゼは言葉を変えてエナに投げる。
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