曖昧ライン

帰り道にて

 浪人している間、よく考えた。私は、予備校代を、寮費を、親に出してもらえるほど価値のある人間だろうかと。夢を見ずに、私の学力相応の大学に入るべきだったのではないかと。
 死にたくもなった。私なんかにお金を使う親が哀れでならないと同時に、そんなことを考える暇があるなら、私に期待してくれる親のためにも頑張りたいとも思った。マイナスの考えとプラスの考えが頭の中を駆け巡り、勉強しかすることがないはずなのに、勉強が手につかないこともあった。
 苦しかったけれど、結局あの大学には入れなかったけれど、あの日々は、私の人生において大事なものだった。
 他人に馬鹿にされて怯んだし、傷付いたけれども、彼を見ているうちに、私は再び自分の浪人時代を肯定できるようになっていた。同じ浪人生という立場の彼が、私の心の支えになっていた。



 「夏海、ほら。」
「?」
 声をかけられて優太を見ると、彼は私に手を差し出していた。
「繋ぐでしょ?」
「…………、うん。」
 私と俊との関係は、彼が私に「浪人するくらいならレベル下げて適当な大学入ればいいじゃん」なんて言ったあの日から、既に終わっていたんじゃないだろうか。
 優太の手をとりながら、私は考えた。
 人の価値観はそれぞれだ。けれども、あのとき、俊には私を応援して欲しかった。私の決断を認めて欲しかった。そして、支えて欲しかった。……私の望み過ぎなのかもしれないけど。

「夏海、さっきから大丈夫?」

 優太の顔が目の前にあった。
「あ、うん……。ごめん、考え事。」
「俺といるのに?」
「ばーか。」
 このやり取りが心地いい。この時間が続けばいい。
 
 電車に乗り、同じ駅で降りる。今回は確かに付き添いがないと歩けなかった。
「お手数おかけしてすみません……。」
「飲ませたの俺だからね、、気にしないで。」
「ありがと……。」
 優太の手を握るのは心地いい。気持ちがいい。このまま一緒に歩いていたい。あと、もう少しだけ。
「……酔い覚ましにもう少し歩きたいんだけど、付き合ってくれたりする?」
「いいよ、それくらい。」
 笑って優太が歩き出す。
「なんか暗いところ歩きたいな〜。なんか目立ちそうだし。」
「あ、ご、ごめん、私なんかと歩いてるの、人に見られたくない、よね……。」
「そうじゃない!そうじゃない、けど……。ほら、とにかく歩こう。」
 優太の手が私の腰に回る。
 流石に、え、と思った。手では支えきれないほど私はふらついているだろうか、そんなはずはない、じゃあ、何で優太は、私の腰に手を回して、暗いところに行きたいなんて言うんだろう。 
 胸がざわついた。でも、決して嫌ではなかった。だから、私はそのまま彼についていった。
 廃材置き場の前に辿り着いたとき、優太は私をそこへ引っ張りこんだ。ここなら人来ないよね、と言って。
 どくりと心臓が鳴った。優太の手が私の体に回る。



 ああ、酒は怖いと、昨日思ったばかりだったのに。
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