曖昧ライン

廃材置き場にて

 何度も唇を重ね、舌を絡め、また何度も唇を重ねる。
「……ん、今何回キスしたと思う?」
 優太が唇を離して笑う。
「知らないよそんなの……。」
「こうやってしっかり口離したのは、4回かな。もっとしてあげようか。」
「何言ってるの……。」

 好きだ、と自覚した瞬間だった。
 私の「好き」は、友達としての、憧れとしての「好き」では、ない。
 それと同時に、ああこの出来事は酔った勢いなのだ、ということが痛切に感じられた。私にとっては好きな人にされたキスでも、相手にとっては、こんなの酒のせいの気持ちのない行動なわけで。
 じわり、と浮かんだ涙が、私の視界を歪ませた。

「……っ、ごめん……。」

 優太が私の身体をやんわりと抱き締めた。
 謝らないで欲しい。謝るってことは、謝って、それで済まそうってことでしょう?好きでしたなら、今好きだって言えばいいじゃない。……やっぱり、お酒の勢いでした行為なんだろうな、分かってたけど。
 
 5分ほど、無言の時間が続いただろうか。
「嫌だった?」
徐ろに優太が言った。
「嫌ならもっと抵抗してる。」
「そう、それなら良かった。」
「でも何で、こんな、」
「……ごめん、なんとなくだ。……ごめん。」
 優太が声のトーンを落として言う。なんとなく、という言葉がざくりと胸に刺さった。
「夏海、嫌がらなかったのはどうして?」
 聞かなくても分かることを、この人は何でわざわざ聞くんだろうか。
「だって、私は、」

優太のことが、好きだから。

 その言葉は言えなかった。
「夏海……、言わないで。言っちゃ駄目だよそれは。」
 優太が言わせてくれなかった。聞いたのは、そっちのくせに。
「4年間のサークル人生、こんなことで棒に振りたくないだろ?」
 こんなこと。
 へぇ、こんなこと、なんだ。
 そもそも、サークル内恋愛が禁止なわけでもないのに、棒に振るって、何?
「優太こそ、なんとなく、ってだけだったの?」
「っ、それは……!……やめよう?もう、こういうの。」
 再び2人の間に訪れる沈黙。それは時を重ねるごとにどんどん重くなっていく。キスを終えたときに僅かながら残っていた甘やかな空気が、徐々に凍りついていく。

「……なかったことにしよう。」

 その言葉が優太の口をついて出たとき、私は耳を疑った。
「え……。」
「なかったことにしよう。俺、サークル仲間の夏海と気不味くなりたくないし。」
 私も優太と気不味くなるのは嫌だ。だけど、でも、なかったことになんて、出来るの?
 キスなんてたいしたことない?今まで私が一人の人としか付き合ってなくて、キスは彼氏とだけ、って思ってるのがおかしいの?なかったことに、なんて、そう簡単に片付けられることなの?
 どんどんと頭の中が疑問で満ちていく。
「なかったことになんて、出来るの?」
「出来る出来ないじゃなくて、するんだよ。」
 優太はもう何かを決めたようだった。
 一瞬のキスで気持ちを自覚させられて、それでこれなんて、こんなこと、ない。
「夏海もこれで納得してくれよ。な?」
 宥めるように優太が言う。
 ここで頷かなければいけない空気だった。それに、優太が宥め口調だったせいで、私がまるで駄々をこねているようだった。だから私は、

「…………分かった。」

 絞り出すような声でそう言うしか、なかったんだ。
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