欲しがりなくちびる
6
「店長! そんなフォーマルなワンピ着て、どこ行くんですか?」

朔は、店内の客足が途絶えたのを見計らうと、フィッティングルームで張りのあるノースリーブの黒いワンピースに着替えた。

往年のハリウッド女優が映画で身に着けていた様な膝丈のタイトなシルエットのそれに、胸元にはロングパールを合わせた。

普段はしないスタイルに、実加が興味津津といった様子で鏡越しに朔を窺う。

「知り合いからパーティだって誘われてこれから行ってくるんだけど、こんな感じでいいのかな? 正装が無難だって言われたんだけどちょっと地味?」

鏡の前で身を翻したりしながら、後ろ姿も念入りにチェックする。

ちょうど早番勤務だった為、相馬との約束である午後7時の待ち合わせにもぎりぎり間に合いそうだ。

「パーティって、どんなジャンルのものなんですか?」

「よくは聞かされてなかったから、これが一番融通利くかなと思って選んではみたんだけど」

少し光沢のある素材のワンピースは、既製品ながらまるで朔のサイズに合わせて作られたかのように体のラインにぴったり沿っている。

あとは髪をアップにすれば完成だ。

「よくは分からないですけど、その格好、店長にすごく似合ってますよ!」

実加の力強い言葉に背中を押されて支度を済ませると、相馬との待ち合わせであるホテルのロビーに向かう。 時間には間に合ったけれど彼は既に到着していて、朔を見つけるなりやんわりと目尻を細める。

「よくお似合いですよ、そのワンピース」

会う度に心地よく褒めてくれる相馬にすっかり気を良くして、ほっと胸を撫で下ろす。どうやら選択は間違ってなかったようだ。相馬は見るからに上質なスーツに身を包んでいる。

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