眠れぬ夜をあなたと

これは心臓の勘違い。
にわか心理学者よろしく、ドキドキの勘違い効果を疑って首を振る。頭をしゃっきりさせたかった。

トントントンと二つ足音が重なり合うよう、機械的に足を動かす。歩道橋の長い階段を上がりきったところで、私は彼が手ぶらなことに初めて気がついた。

「ねぇケイ。荷物、置いて来たんじゃないの?」

「いいよ、明日取りに行くから。スマホは持ってるし。今夜は……美湖さんがいてくれればそれで良いよ」

なんだ、それ。

「げ、結構ホストっぽい」

「これでもホストなの。バイトのへっぽこでもね」

ケイが微笑むだけで、かさついた心のどこかが潤う。

「あっ、でも」

ケイは歩道橋の真ん中で立ち止まって、私の顔を覗き込んだ。

「なに?」

「あのさ美湖さんって……御飯食べちゃったよね? 俺、走ったらメチャクチャ腹が空いたんだけど」

急激にしおれそうなケイの姿がおかしくて、笑い声が漏れた。

「若者だね。……んじゃ駅の向こう側のラーメン屋さんでも行く?」

ケイは承諾のしるしに、ラーメン食べた~いと鼻歌を歌いながら、繋がったままの手を子供みたいにブンブン揺らした。

お互い、満たしたいものは違うけど。

私は貪欲にケイで満たされようとしている。

与えられたオモチャで遊ぶ子供のようだと、志垣さんは嗤うだろうか。それともまた、取り上げたいと思うのか。

「美湖さん?」

「……さ、行こう」

またもや私の顔を覗こうとしたケイの手を、軽く引っ張って歩き出した。

まだ眠りそうもない夜の街。

ケイとふたりで歩くのも、悪くない。
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