拝啓
満月の下で

母は月を眺めるのが好きだった…。星の光も好きだった。
夜の香りが好きだった。
私が幼い頃から、母は私に夜の香りの話を聞かせてくれた。

私が夜の香りを理解したのは、母と同じ年の16歳になった時だった。
母の話を聞いた後に宗ちゃんの姿を見るのが気が引けるので、私は家の近くの公園のベンチに腰かけて母の煙草に母のZippoで火をつけて煙を吸い込むと、夜の香りと煙草の煙が肺の中を一杯にした。


母だって、初めから大人じゃなかった。
母が私に何度となく聞かせてくれた若い頃の話を思い出した。


悪いことも沢山した。親を泣かせることも沢山した。単純に楽しいことに貪欲に求めた。と話してくれた母。


宗ちゃんも母の昔を少しだけ母から直接聞いていた。
でも、母が冬也さんにずっと想いを寄せていた事は話してはいなかった。
私にだけは話してくれた。
その話の最後に必ず私に言っていた。

『華澄。あなたも何時か必ず、一生忘れられない人が現れる。
その時、きっと、私の気持ちが分かると思う。』


私は月を見上げた。
綺麗なhalfmoonが星を散りばめた夜空に輝いていた。


母と冬也さんの間には何があったんだろう…。
一生実らない母の恋。
これは恋なのかな…?
それとも、愛なのかな…?

でも、母の気持ちが少しだけ分かってきた気がする。
冬也さんには幸せになって欲しい。
そして、好きだったからこそ自分が惨めな時の姿を見せたくなかった。
好きな人には自分の笑顔だけを思い出して欲しいから…。


正直、私は母を偽善だと思っていた。
好きなのに、その人が幸せになるなら、自分の想いを封じ込む何て事、偽善で人に譲るような恋愛は本当の恋愛じゃないと思っていた。


母みたいに相手の幸せをひたすら自分が死ぬまで願っていた人がこの世に何人いるだろうか?
そして母はそれでも、幸せだと思っていた…。


私には出来ない。夢の中の住人になっても、時々、現実に戻って来る時があった頃、母は私に言っていた。

『華澄。恋愛ってオーロラみたいだと思わない?
とても綺麗で色んな色を輝きながらも絶対に手に入らない掴めない。
ただ、静かに形や色を変えながら輝いてるの。
それを見ると、自分の汚いところも嫌なところも全部綺麗にしてくれるみたいに思うの。』


自然なものや綺麗なものが好きだった母。
母は………。
母の人生は母にとってどんなんだったのだろう?


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