緑の指を持つ君と
きゅうっと胸が締め付けられる。なんでこんなに、はにかんだ笑顔がいいんだろう。

「この川は教授の趣味で、蛍を放流するんだよ」

「いままで何年も、この学校に在籍していたのに、初耳だわ」

「教えてないんだよ。世話は俺まかせなんだから」

にこっと笑って示した先には、網を張ったケースがあった。

「毎年、哀れな学生のなかから、教授が世話を任せる奴がいるんだ。そのケースは繁殖用に雄と雌を入れてあるんだ」

薄暗くなってきて、よく見るとちかちかと瞬く豆粒程の明かりが認められた。

「昨日、放流したんだ。今年見るのは、あなたが最初だよ」


背中越しに聞こえる声が、少し掠れて聞こえた。

「私、蛍は初めて。凄いほんとに光るのね。もっと大きいと思ってた」


すっと隣で、目線を合わせるくらいに屈んだ瀬波さんにどきりとする。

顔が近い。ちょっと動いたら、腕に触れてしまいそう。

「見てごらん、これは平家ホタルなんだけど、一般的なホタルは源氏ホタルを指すんだ」

「何が違うんですか」

「名前。なんてね平家ホタルのほうが、源氏ホタルより一回り小さいんだ。源氏ホタルはカワニナしか食べないから、タニシも食べる平家ホタルのほうが飼育しやすい」

「カワニナって何ですか」

「カワニナもタニシも巻貝の一種で、昔はたんぼにいたそうだよ。農薬を使うようになってからタニシもホタルもいなくなったんだ」

普段より、よく話してくれるのは、得意な分野だからだろうか。耳元で聞こえる瀬波さんの声が心地好い。



「ごめん……こんな話はつまんないよね」

「そんなことないですよ」

慌てて瀬波さんを見ると、ちょっと考え込むように、口元に手をあてていた。

もっと声が聞きたい。

「瀬波さんの育ててきたホタルですもの。もっと知りたいです」

言ってから、瀬波さんのことをもっと知りたいという意味にもとれると気がついて頬があつくなる。

暗いから、分からないかもしれない。それでも恥ずかしくて、ごまかすようにまた口をひらいた。

「みんな光ってますね。雌はどこかに隠れているんですか」


瀬波さんは、ははっと笑って答えてくれる。

「ホタルはね、雌雄両方が光るんだよ。雌は葉にとまって雄を呼ぶんだ。雄は光りながら飛んで雌を探すんだ」


瀬波さんの長い指が、雄の飛んだ跡をなぞる。

「雌雄の違いは、腹部の発光器の違いで見分けることができる。雌は一節、雄は二節発光器があるんだ」

「それで、オスメスを見分けてここに入れたんですか」


「そうだよ。点滅の仕方も違うけどね。蝉もそうだけど、ホタルも成虫になったら短い間しか生きられないからね」



「恋するために光るんですね」


「相手を探して光るんだ」


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