くるまのなかで

深呼吸をして、ミュートにしていたステレオの音量を上げる。

スローテンポの曲に変えて、はやる気持ちを落ち着ける。

すごくドキドキした。

最近のスマートフォンの通話音質のよさはスゴい。

奏太の喋り方のせいでもあるが、耳元で囁かれているような感じがしてたまらなかった。

もう一度深呼吸をしてヘッドライトを点灯し、今度こそ発車。

敬礼をしてくれる詰所の田辺さんにお辞儀をして、会社を出た。

待ち合わせたファミレスの駐車場に入ると、奏太のシルビアは既に停まっていた。

車の中にいる彼の姿を見つけて表情が緩んだのが自分でわかる。

ちょうど隣が空いていたから、そこに愛車を収めた。

「お疲れ」

やっぱり生の声は違う。

彼の優しい笑顔の力も加わって、私のささくれ立った心をどんどん癒していく。

「お疲れさま。こんな夜中に付き合ってくれてありがとね」

「いやいや、誘ったの俺だし」

「そうだっけ」

笑い合いながら店の入り口へ。

車は私が右、彼が左に停めたのに、自然に私が左、彼が右を歩いているのに気付いた。

付き合っていた頃、一緒にいる時はいつもこの立ち位置だった。

手を繋ぐ時も、部屋に二人でいる時も、お泊まりで一緒に眠る時も。

別れて10年も経ったのに、私たちにその頃の感覚が残っているのだとわかって嬉しい。

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