精一杯の背伸びを




「俺のことは気にしないでください。もう部屋に行きますから」



 榊田君は微笑みながら立とうとした。



「いいのよ。俊君。この人は小春に『辛いことがあったらいつでも戻ってきなさい』って言いたいだけだから」



 私は、湯飲みを唇につけたまま、動きを止めた。


 こっちで暮らす。


 それを考えなかったわけではない。


 いや、今でも考えている。


 もし、私が実家に戻ると言ったら、仁くんはどうするだろうか?


 私の傍にいてくれるのではないか。


 そう考えている。


 三対の視線を一身に浴びる。


 湯飲みを持つ手も、唇も震えた。


 気づかれている。


 お母さんは、私を見据えた。



「小春。甘ったれたこと考えてんじゃないわよ。高い学費払ってるんだからね」



 私は一端、目を閉じた。


 揺れ動く瞳を見られないように。


 次に目を開けた時には揺らがないように。



「もちろん、戻ってくるつもりはないよ。向こうには仁くんがいるもの。だから私は戻らない」



 きっぱり言う。



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