愛の答
-友人の過去話-

俺(慎吾)の両親はどちらとも大学は出ていない。
親父もお袋も高校卒業後、就職活動に、そして就職。
その息子である俺はいわゆる、エリートとはかけ離れた人間・・・のはずだった。
天変地異が起きた。
小学校に入学仕立ての頃、同級生と会話が噛み合わなかった。
今や、小学校低学年でもある、小テスト。俺は担任に言った。
『三+六は九に決まっています。分かっているのに、どうして紙に書かなきゃいけないんですか?』
担任は冷静に質問する俺に戸惑っていた。
早い話が、他の者より一歩も二歩も抜きん出ていた。俺は秀才だった。
それは小学校六年間変わる事なく、一回一回解いたテストをまとめるファイルには、赤ペンによる一と言う字と、丸の文字しかなかった。
天変地異は続けて起きた。
俺と三つ違いの実弟も同様に満点の華を見事なくらい咲き誇らせた。
同級生と会話が噛み合わない為、休日や休み時間を殆ど弟と過ごしていた。
他の奴らから見れば、
【仲のいい、少しイカれてる兄弟】に、見えたであろう。
ある日、弟が俺に言ってきた。
『兄ちゃん、結婚とか考えた事ある?』
『・・・いや』
『好きな人とか居るの?』
『いや、お前は?』
『居ない。殆ど女子とは話さない。話せないんじゃないんだ』
『分かってる。話しても何も利を得られないんだろう?』
『・・・結婚出来ないのかな?』
『・・・お前まだ十歳だろ?そんなこと考える年かよ』
『兄ちゃんはもう中学生なのに、彼女とか作らないの?』
『・・・』
痛いところを突かれた。
しかし、この会話に嘘はない。
男子もそうなのだが、会話に何も利を得られないのだ。話す意味がない。
『・・・そのうち、そのうち俺達を分かってくれる人が現れるさ。
俺もお前も東大とかいう学校に行くんだろうし』
『・・・そうだね』
はっきり言って、現在の俺は東大コースとは正反対の道をのらりくらりと歩いている。
俺の人生分岐点は中学三年の時だった。
『どうも、初めまして。中学校残り一年間を、皆さんと一緒に生活させて頂きます。白水沙矢香と言います。よろしくお願いします』
転校生だった。
中学三年となれば、彼女、彼氏が出来たとか出来ないだとかの話は尽きない。中には大人の階段を密かに上っていく輩も出てくる。
この転校生に男子達は獣化した。
スラっとした長身、真っ黒のロングヘアー、パッチリとした目。
胸もあった。つまり、スタイルがいいって事だ。
しかし、俺には興味が湧かなかった。
いくら美貌が良くても、いくら性格が良くても・・・
俺との会話に差が出てくるに決まっている。なんせ俺は秀才だから。

転校生、白水は一目マドンナ的な存在となった。
本来、女子転校生に対し休み時間に集まってくるのは女子が大半を占めるのだが、白水の場合は違った。
百%男子だったのだ。
他の女子の目線も気にせず、白水もその気になっていた。
それでも、俺は興味が湧かなかった。
白水がこのクラスの空気を吸い始めてから、三日が経った。
その日を境に、失恋顔をした男子が増えた。
そう、白水に自分の気持ちを伝えたのだ。
しかし、白水は誰にもOKを出さなかった。
俺の隣の席で二人の男子が会話をしている。
『あぁ!マジ、この学校の男じゃ誰も通用しねぇだろ!?』
『だよなぁ?くっそ、俺ならいけると思ったのによ!』
『ばぁか!お前は自意識過剰なんだよ!』
くだらない・・・
たとえ、ここでお前等の言う、最高の美貌と安らげる性格を持つ白水と付き合えたとて、そのまま生涯共に過ごせるとでも思ってるのか?
それ以前、あいつと付き合っても利を得られないだろう・・・俺はそんな事を考えていた。
放課後。
誰よりも先に帰る。
これは俺の中のルール、いや、プライドだった。
仕方なくお前等と勉学に励んでいるだけであって、本来ならば俺はここにいる必要はない。
遠回しの訴えだった。
下駄箱に上靴を入れようとした時だった。
ん?と、無意識に小さく声が洩れた。
今時、バレンタインだって下駄箱なんかに入れない。
況してや手紙なんて・・・。
誰にもバレないように持ち去り、駐輪場でしゃがんで手紙を見た。
【放課後、屋上で待っています 白水】
手紙にはそう記されていた。
馬鹿らしい。
どうせ白水に振られた男共が嫌がらせに俺をからかっているのだろう。
そう深く信じ込もうとした・・・が、足は階段を踏み始めていた。
卑劣な考えだと思った。
いくら秀才とはいえ、女に対して無関心でいられるわけがない。
興味が湧かないとはいえ、俺だって男なんだ。
黙って帰れるわけがないだろう?
卑劣、卑怯、一種の狡猾。
『・・・』
驚いた。
夕日が俺の瞳孔に鋭く突き刺さった次の瞬間、白水の姿が俺の視界に現れた。『・・・あの、ほら、これ・・・手紙見てさ』
自分でも情けないくらい動揺していた。
何だ・・・俺はろくに女子と話せない奴だったんだ。
『・・・君、いつも勉強ばかりしてるよね?将来何になりたいの?』
これが白水から俺に対しての初めての会話だった。
突然の質問に俺は何も言えないでいた。
白水のシルエットが夕日と重なる。
時折視界に入る白水の表情は、まさに女神をイメージさせた。
くそくらえ。女なんて、くそくらえだ。
そんな、【古い考え】は、今の俺にはなかった。
『はは、あはははっ!』
突然白水が笑い出した。
お腹を抱えて、苦しそうに笑いだす。
俺はその光景をただただじっと見つめていた。
ようやく、呼吸を落ち着かせ白水が言った。
『君、近くで見ると本当真面目君だね?今時居ないでしょ!?』
『そ、そうかな?』
『だってぇ、ほら』
白水の細い指先が俺の首元に近づいた。
俺は抵抗するわけでもなく、白水に体を預けた。
パチンと、勢いのある音が屋上に小さく響いた。
学生服にある属に言う、ネックホックを外された。
『え?・・・』
『今時こんなの馬鹿真面目に付けてる人なんていないよ?第一ボタンも』
パチンと、慣れた手つきで白水は俺の制服の、第二ボタンまで開けた。
白水は俺の胸元に頭を寄せて、言うのだ。
『超ドキってんじゃん?君、女知らないんだ?』
『・・・』
『私に夢中になってみる?』
『・・・え?』
『なんてね』
トンと、白水は俺の胸元を軽く叩き、振り返り去っていった。
俺は一人、白水から零れ落ちた香りを鼻で拾い集め、股間を熱くさせていた。

他の学校は知らない。
うちの学校特有の存在なのかもしれない。
ただ、俺が観察するに、とにかくこいつ等は噂話を大好物にしている。
【〇〇と〇〇が付き合っている】
【〇〇と〇〇は今縁を切っている】
【〇〇達は隣町の〇〇と・・・】
どのクラスにも一人や二人は、【情報屋】を名乗る者がいた。
早い話、有料で意味のある確かな情報を提供してくれる奴の事だ。
酷く滑稽なシステムだ。
現金を支払って得たその情報は、本当に必要なものか?
そんなわけがない。
どうせ同じ情報を得るのなら、俺に現金を支払ってテストの回答を得ればいい話。それが有益というものだ・・・。
このクラスの情報屋は女で、いつも休み時間になると駐輪場に隠れて白煙を立たせる、世間体で言う不良娘だった。
その日、情報屋の女が俺の隣の席に座った。
俺は一瞬情報屋に目を合わせたが、すぐに逸らした。
案の定、情報屋が話し掛けてきた。
『どういう関係なの?』
『・・・』
俺は少し沈黙を続けて、情報屋と目を合わせ言った。
『何の事?』
『しらばっくれるなよ?情報売り捌いて金にしてるんだ。情報は何より大事。あんたの情報も仕入れた』
『・・・』
白水との事だろう。
あれ以来、白水とは一言も話していないが、廊下などですれ違うと微笑み掛けてきた。
『別に・・・何の関係もない』
『しらばっくれるなよ!?』
この女、口癖はこれ。
とことん相手の真意を追い詰めるために使う言葉。
パタンと、教科書を閉じて俺は言った。
『何の関係もない。これ以上話し掛けないでくれ』
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