愛の答
無力は咆哮で散る
脳内に広げた真っ白なノートにペンを走らせる。
ゆっくりと、思い出書き始めた。
窓の外はいつしか、沙梨の中に降り続いているような雨が降っていた。
俺は立浪さんに連絡を入れた。
何の不安もなさそうな表情で寝ている沙梨を見て、俺は沙梨は無事だと伝えた。ただ、俺自身は父親失格と。
【前例が存在しません。時間を要して全医学を調べましたが、
この子ような症状を持った患者は・・・地球上に存在しません】
そう、医師は言った。
新種の病・・・。
『助からないって・・・どうして分かるんですか?症状ってどんな?』
俺の問いに返って来た言葉。
『記憶の細胞が腐敗化しています。
いえ、腐敗というより、退化という表現が正しいかと思います。
産まれて僅か三年足らずのヒトには有り得ない現象です』
『・・・どうして生きられないんですか?』
『この退化現象が進むにつれ、間違いなくお子さんは発狂し出します』
『!・・・発狂』
沙梨が感情コントロール出来ていないと感付いた時を思い出した。
それはこの症状の前触れだったのか?
『・・・治せないんですか?』
『正直、難しいかと』
医師が難色を示した表情でこめかみをかいた。
『治せるはずよ!』
突然深雪が立ち上がり医師に訴えた。
『私も経験しているの!記憶を失った事がある!』
記憶という単語が深雪を一直線にさせた。
己が経験したものとは明らかに異なる症状と分かっていて尚、深雪は言い放ったに違いない。
『一種の記憶障害とはまた・・・』
『方法が必ずあるはずよ!』
何の根拠もない宣言・・・
深雪の目蓋にはすでに大きな涙が溢れていた。
医師は一旦深雪を落ち着かせ、両手を腹部の上に乗せて言った。
『前例が無い以上、迂闊な事は出来ません。
これからも医学は驚異的な速度で発達していく事でしょう。
しかし、患者の死期が余りにも近付き過ぎています』
『!・・・そんな』
絶望の一言が俺と深雪の前に浮いていた。
深雪は納得のいかない表情でいた。
『・・・先生、沙梨の病は前例がないと仰いましたね?
つまり、国外に診せに行こうが意味がないと?』
俺の言葉に医師は深く頷いた。
『必要とあらば、国外の有力な医師チームが日本に派遣してきて、
国内で手術を行う事も数多くあります。しかし・・・』
『・・・』
医学の進歩が一人の幼女を殺す・・・。
救えない事実を目の当たりにして、見えている色彩が全て灰色に変色した。
人々は、医学は常に進歩しているものだとばかり思っている。
新たな手術法が開発され、その効果が立証されれば日々の医療に応用されて奇跡を生み、奇跡が更に医学を進歩させる・・・。
それは違う・・・強く心から思った。

沙梨を助けられないじゃないか!

『どうすればいいの?』ひどくか細い
声で深雪が言った・・・。
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