愛の答
抑止愛の暴露
『ふざけないでよ!
私の唯一の子供なのよ!?
こんな所に居る場合じゃない!
一刻も早くここから出して!』

-島津の話-

『勘弁して下さいよ島津さん!
俺は貴方の自由を左右出来る程の人間じゃありませんよ!』
『だったら栢山(かやま)に頼んで!』
『島津さん声が大きいっすよ!呼び捨てなんてばれたら大変な事になる』
『いいから早く呼んできなさい!』
私の声が留置場に響き渡る。
私の元部下である安藤は、慌てて栢山を呼びに行った。
・・・驚いた。
まさか、こんな事になってるなんて・・・。
基本的にこの留置場という場所は、外の世界の情報は一切入ってこない。
当然だ。監禁されているのと変わりないのだから。
しかし、あの安藤が口を滑らせた。
そして真実を知った。
【私の子供が、養護施設から居なくなってしまった】
私が犯した行為は違法だ。
罪だ。
犯罪だ。
今更、それを再度認める事なんてしない。
私は、悩みに悩んだ。
職業柄としてではなく、人間として・・・
母親として。
彼達小野夫婦にはとても感謝している。
けれど、答えを出せない以上あの子の側に居させるわけにはいかなかった。
養護施設。
結局、一番避けたかった道を選ぶしかなかった。
そして私の罪。
深雪さんがあの子の母親は私だと世間に示した。
流れるまま、私は逮捕。
一番に謝罪したいのはもちろん小野君だ。
ただ、もう会う事もないだろう。
私が憎くて仕方ないだろう。
殺したい程に・・・。
『今更私を呼び出す権限が君にあると思うのか?』
元上司の栢山が入ってきた。
『どういう事ですか!?あの子が施設から居なくなったと聞きました!』
『!・・・安藤に聞いたのか?あのお喋りめ』
『どうなってるんですか!?警察は動いているんですか!?』
『当然だ。幼き少女が今も何処かこの寒い空気を吸って彷徨っているんだ。
四六時中捜索は続けている』
『あの子の無事は警察の行動範囲により左右されるわ!しっかりと』
『黙れ』
『!』
栢山の声が酷く、どすの効いた声・・・にも聞こえたし、
感情を噛み締めながらようやく出した声にも聞こえた。
『黙らんか。それ以上醜態を見せるな。
貴様自分の犯した罪の重さを、軽視していないか?
確かに保護責任者遺棄罪はどんなに長くても三年の懲役。
詳しい理由は知らんが、恐らく情状酌量の余地も与えられるだろう。
貴様が出所する頃も、まだあの子の幼さは辛うじて残っているはずだ』
『・・・』
『だがな、これは罪名に隠されているだけの大罪!
殺人罪だ!
貴様は一人の命を奪ったも同然だ!
貴様の母親としての資格はとっくに剥奪されている!』
何もかも、栢山の言う通りだった。
私はあの日以来、一年近くも母親としての職を手放していた。
そして、事実上あの子は私を覚えていない。
母親としての私を・・・
『すみませんでした』
私が俯きながら言った。
栢山はきっと私を睨み付けているだろう。
視線を感じた。
そのまま栢山が部屋を出ていった。
母親としての義務を捨てた私。
人として犯してはいけない罪を犯した犯罪者。
それでも尚・・・黙ってこんな所にいるわけには行かない。
最後に抱き締めたかった。

私がこの職場に就いたのは二十四歳の時。
つまり、それなりの事は頭の中に叩き込んであった。
今、私に必要な知識は、
【警察署の警備態勢】
つまり・・・脱獄だ。

-島津の話(脱獄編)-

十二月十八日。
AM七時。
留置場生活も今日で終わり。
明日の今頃にはここには居ない。
つまり刑務所に搬送されるわけだ。
早い話、それは避けなければいけない。
元警察官だから分かるのだ。
刑務所の脱獄は不可能に近い。
ノンフィクション映画や小説、更に過去の脱獄実体験は腐る程聞いたけど、
それは氷山の一角。
運ではない。
実力だ。
脱獄をする囚人は言わばプロ。
私は・・・脱獄に関してはアマチュア。
だからチャンスは今日から明日の朝にかけてのみ。
刑務所より、ここ、留置場の方が遥かに脱獄は容易い。
更に、ここは長年勤めていた仕事場。
故に有利。
脱獄したら・・・あの子を真っ先に探しに行こう。
今もどこかで泣いているはず。
捨てた私の顔なんて覚えてるわけもないけど、
せめてもう一度だけこの両腕で・・・
ごめんね。
あなたを苦しめているのは他でもない、あなたのお母さんが全て悪い。
全ては私のせい。
心からの謝罪もあなたには伝わらない・・・。

『おはようございまぁす』
腑抜けた声で安藤が留置場へやってきた。
『相変わらずだらしのない格好ね』
『失礼ですね。俺はこれでも立派な警察官。
あ、そう言えば島津さん俺の事チクったでしょう?
あの後栢山さんから怒られましたよぉ』
『貴方の口が軽いだけでしょ。自分の責任を人に押し任せるなんて・・・』
『・・・?』
『人に押し任せるなんて、最低よ』
そう・・・それは、私だった。
私は我が子の病を自分で受け止めず、誰かに受け止めてもらおうとしていた。そして、事実上小野君達に・・・自分の責任を人に押し任せるなんてクズ以下だ。
『まぁ、そんな事よりもですね、これ渡しに来たんですよぉ』
元上司の私を完全に見下した口調で安藤は一枚の用紙を机の上に置いた。
『これは・・・』
世間体から言わせれば退職届だった。
しかし、【こんな形】は世間体には晒されない。
つまり、警察は公務員である。
故に属に言うリストラはありえない。
しかし、私のように大罪を犯した者はもちろんその問題に当てはまる。
つまり、私はリストラされたわけ。
『別にこんな物書かなくても、世間は納得すると思うけど』
『一応、念の為ってやつじゃないですか?
間違っても【出所後、この職場に復帰出来ないようにする】為の』
『!』
『この届けさえ貰ってしまえば、ベテランの島津さんでも現場復帰は不可能に近い・・・って』
『栢山が?』
安藤が半笑いのまま頷いた。
『とことん、嫌われたわね。けど、私はここに帰ってくるつもりはさらさらないわ』
『今から長い長い刑務所生活が始まるんですよ?
その間に考えが変わるかもしれないだろって、栢山さんなら言うと思うなぁ』
『・・・悔しいけど、同感よ』
ふと、辺りを見渡した。
一日の内にチャンスというものは何回ある?
少なくとも、ほんの数回。
下手したら皆無。
その時は全然頭になかったけど、辺りの雰囲気を感じ取った時気付いた。
今が・・・その時なんだ。

十二月十八日。
AM七時半。
警察官の常昼勤務は基本的に七時五十分から開始される。
仕事開始とはいえ、始めの仕事はラジオ体操。
あと二十分後には、全警察官が持ち場から離れ、朝の空気を吸いに行く。
ラジオ体操は約五分。
その間は警備の者も持ち場を離れるのだ。
そして・・・
『おっと、囚人予定の島津さんと無駄口してる場合じゃないや。
体操の遅刻、常習犯なんでね』
『・・・』
『あれ?からかってるのに反応なしっすか?』
『・・・ねぇ。あんたに馬鹿にされる覚えはないんだけど』
『・・・え?』
『犯罪者は何するか分からない。常識でしょ?』
一か八かの賭けだった。
ここでへまをすれば私にチャンスというものはもう二度と来ないだろう。
二人きりの留置場。
安藤が入ってきた際開けられた扉。
朝のゆとり。
数分後に仕事の始まり・・・。
『っ!?』
無防備に両手をポケットに突っ込む安藤の体を押し倒した。
外見通り、貧弱な体は簡単に倒れた。
ここで一番恐れたのは声だ。
叫ばれたら困る。
咄嗟に机に置かれていた退職届の用紙を安藤の口に詰め込んだ。
『!・・・んんっ!』
叫びにならない声、言葉にならない声。
同時にポケットから抜き出された両手。
安藤は目を真ん丸にさせ抵抗してきた。
私は慣れた手つきで安藤の腰の部分にぶら下げてあった手錠を抜き取り、
安藤の左手首と机の脚に掛けた。
押し倒してから現在に至るまで、僅か四秒足らず。
格闘技で言うところのマウントポジションを取り、
残された右手を私の左手が押さえた。
ここまでうまくいくとは私自身思っていなかった。
安藤があまりにも貧弱という嬉しい誤算があったからこそ奪った形。
額に弱々しく、か細い血管を立たせながら安藤は私に抵抗を続けた。
『The End』
長年通った英会話スクールが、こんな所で役に立つなんて思わなかった。
ゆっくりと安藤の腰から拳銃を抜き取り構えた。
安藤の鼻先に構えられた銃口。
先端が安藤の汗により少し湿気立つ。
『素人が。ベテランの私にちょっかい出すなんて百年早いんだよ。
・・・死ね』
準備は整った。
後は引き金を引くだけ。
安藤は助けを請う表情で私を見た。
『・・・生意気なあんたをここで撃てば、私の気持ちは清々しいだろうね』
だけど・・・
銃口を安藤から離した。
『私は法の番人だから』
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