愛の答
法律の目
パタン、と最小限の音を響かせて俺の部屋のドアは閉じた。
『・・・くそ』
情けなさ過ぎる。人として情けなく思える。
自分の家、自分の部屋に入るのに忍び足で入室。
亭主関白、威風堂々と帰宅する俺・・・
それは空想の世界の俺。
車内で暫く考えてから出した結論・・・とりあえず帰ろうという事。
しかし、簡単な話ではない。
素直に謝ればいいだけの話だが・・・。
マフラー音で気付かれぬように、庭には入らず家の横に路駐した。
俺の部屋に人の気配がない事を確認して忍び足、忍び足。
気分は現世に生きる忍(しのび)だ。
発見されたら直ちに命を狙われる。
大袈裟な例えでもなかった。
今深雪と会ったら、何されるか分からない。
ゆっくりと音をたてず部屋のドアを閉め、現在に至る。
車の路駐にしたってそうだが、この先の事を考えれば素直に謝れば早い・・・しかし、切羽詰まった人間と言うのは、そんな事を考える余裕もないのだ。
体が勝手に帰省本能を呼び起こし・・・現在。
部屋に入ったはいいが、やることがない。
なんとなく・・・どうせいつかは深雪が部屋にくるのだから、バレてしまうのだが・・・なんとなくバレないようにしていた。
物音をたてない仕草・・・寝るしかないわけだ。
布団に入り横になる。
いくら深雪、両親、友人に無神経と呼ばれても、この時ばかりはすぐには寝られなかった。
一階で物音がする度目を開く。
いつ深雪がこの部屋にくるのだろう?
万引きで逃げ切ったが、何かしら自分の証拠を現場に落としてきてしまい、何食わぬ顔で普段の生活をしているが、いつバレるか?
俺に経験はなかった為、確信はなかったが、そんな気分に似ていた。
しかし、事はすぐに動き始めた・・・。

トン、トン、トン・・・『!』誰かが上がってくる。
俺は慌てて布団の中に頭まで隠した。
なんか、【超】情けない。
ガチャと、部屋のドアが開く音。
心臓がいつもの数倍の速さで動いた。しばらく無音が続いた。
深雪?お袋?
俺はひたすら狸寝入りを続けた・・・が、次の瞬間、
ドス!と、腹部に強烈な痛み。思わず、うっ!と声を発してしまった。
この痛みは受けた事があるからすぐに分かった。
『じぃ!見ぃつけた!』と、沙梨がかくれんぼのような口調で言った。
『いってぇな・・・沙梨、お前いい加減にしろよな?』
『何で!?今日は月曜日だよ!?とちゅげき(突撃)OKな日だよ!?』
『・・・』あんな約束するんじゃなかった。
『次はじぃが見つける番ね!?』
『ま、待て待て・・・』冗談言うな。
かくれんぼなんてする気はさらさらなかった。
『待て!いいか?あの、下の階にママ居る?』
『居るよ!?じぃが見つからないから今日はお仕事休んでかくれんぼするんだって!』
『!・・・あいつ、休んだのか・・・』
価値ある休日と、無価値な休日だな、と思った。
ふと、沙梨に質問したくなった。
『なぁ、お前の本当のママはどこにいるんだ?本当のパパは?』
ビク!と、瞬間的に全身を硬直させる沙梨を見た。
そして同時に沙梨から笑顔が消えた。
幼児とは言え、聞いてはいけない質問だとすぐに分かった。
しかし、意外にも沙梨は俺に付き合ってくれた。
『ママは・・・お仕事してて、パパもお仕事してる』
『どこで?』
『分かんない』
『沙梨の本当のお家はどこにあるんだ?お家の近くに何か大きな目印や、
建物みたいなのはないのか?』
探りに探った。
島津さんに頼らなくとも、俺で解決出来そう。そんな気がした。
しかし、『・・・お家って・・・何で作るの?』
『!・・・くそ』
小さく舌打をした。
沙梨の得意分野が出た。
○○って何?何で○○なの?
正直これにはついていけない。
『あぁ、もういいよ。ママんとこ行け』
『ねぇ!何で!?何でお家を作るの!?』
『うるせぇなぁ』
ここで沙梨にキレればまた深雪とこじれる。
分かっていても・・・
『ねぇ!何で!?何で!?』
感情を露にしてしまった。
『だったらこの家から出て行け!嫌でも答えが分かるだろうよ!
こっちは仕方なく面倒見てんだ!ぐだぐだぬかすな!・・・あ』
また....やっちまった。
沙梨は表情をくしゃくしゃにして泣き叫んだ。
子供の泣き声が我が家に響き渡る。分かっていても怒鳴ってしまう。
『沙梨ちゃん!?どうしたの!?』
深雪が部屋に入ってきた。目が合った。
『・・・何だよ。ここは俺の部屋だし、俺が居ても不思議じゃないだろ』
『・・・どこに行ってたの?一晩も連絡よこさないで・・・人がどれだけ心配したと思ってるの!?』
『・・・』
『何とか言ってよ!』
『・・・ごめん・・・って、俺がここで謝っても無意味だろ』
『・・・どういうこと?』
『見ての通りだろ?俺は子育てに向いてない。
反省して帰ってきたつもりだけど、こいつのあの質問返しを受けると・・・』『・・・お腹空いたでしょ?』
『・・・え?』
『今、何か作るから』
『は?』
深雪は沙梨を連れて下の階に行ってしまった。
全く会話になっていない。空腹は事実だが・・・
今は沙梨の事を話すべきだ。
一人取り残された部屋で、無性に苛立った。
当然、自分自身に対してだ。
深雪が俺の事を心配していた事を再認識させられた。
火種となった沙梨の事は一切口にせず、俺の身を考えてくれた。
『なんだよ、あいつ・・・マジ馬鹿』いや、馬鹿は俺だった。

車を庭に移し、風呂を済ませて深雪手製の夕飯を食べた。
なんとなくぎこちなさはあったけど、改めて知らされた。
俺が帰ってくる場所はこの家で、迎えてくれる人がいるという事。
『ごちそうさん』
何食わぬ顔で自分の部屋に戻り、TVをつけた。
すぐにドアが開いた。深雪だった。
『・・・夕飯、おいしかった?』
『・・・普通。てか何その質問?実は何か盛ったんか?』
『ばぁか』
深雪は俺の横に座った。
『・・・昨日はどこで寝たの?』
『あ?別にどこでも』
ここでマジマジと深雪の顔を見た。目が充血していた。
『・・・何お前、泣いてたんか?』
『・・・』
『・・・そんなさ、一日くらい連絡途切れることくらい今までもあったろ!?心配しすぎなんだよ!』
『普通!・・・普通、心配するよ。昨日はさ、今までとは違ったから』
『・・・ん、まぁ、そうだけどさ。昨日は車ん中で寝てた・・・あ!』
『え!?何?』
『そうそう!聞いてよ!』
なんか、いつのまにか険悪ムードは吹き飛んでいた。
俺がおもしろおかしく話す会話に、深雪も笑って聞いてくれた。
ちなみにその話とは、昨日免許を取り上げられた男の話だった。

『ねぇ』
『・・・ん?』
『これから、どうなると思う?』
『・・・さぁね。一刻も早く本当の両親を見つけるのが一番理想だろ』
久々に俺の布団で深雪と二人で横になった。
真っ暗の部屋に二人の会話が飛びかう。
『本当、拓は単細胞』
『うるせぇ。仕方ないだろ?だって、何で家を作るの?って質問されたらなんて返す?いちいち律儀にあぁだこうだ説明するか?それに、説明したって理解は出来ねぇよ』
『・・・うん。確かにね。私も正直参ってるんだ』
『え!?・・・そうだったのか?』
『いや、そんな精神的苦痛みたいな大袈裟なわけじゃないよ!?
ただ、質問をされたのにうまく返せない自分が微睡っこしくて』
そりゃ、誰だってそうだろうな。
普段当たり前に思っていることを質問され、長々しく説明したところで理解してくれたかどうかさえわからない・・・確かに微睡っこしい。
なんとなく、なんとなくだけど、沙梨の本当の両親が沙梨を手放した理由が分かったような気がした。
口にはしないけど、深雪もその事に感付いているはずだ。
ふと、深雪に尋ねた。
『なぁ、沙梨は普通の三歳児なのか?』
『え・・・?』
それは、短い時ではあるが、沙梨と同じ空気を吸ってきた俺が感じた小さな違和感だった。
『俺、三歳児と長い時間接した事ねぇから分からねぇけど、あいつ・・・一方通行の時があるんだよな。違った意味での我の強さ・・・なんかこう・・・他の三歳児とは違う....【感情をコントロール出来ない】』
『【感情をコントロール出来ない】』
二人の声がはもった。
『えぇ!・・・拓も気付いてたんだ?』
『何だよ、深雪もかよ?』
『うん。私もその、なんていうか違和感を感じた。なんて言うんだっけこういうの・・・自分の思い通りにいかないと感情むき出しにしてしまう・・・【病気】みたいな』
深雪は病気という単語を申し訳なさそうに小声で言った。
『いや、深雪の言う通りかもしれない。事が悪ければ一種の病気かも』
『け、けどさ!』
『分かってるよ』
二人とも分かっている。
一番恐いのは素人の判断。
素人がむやみに医学の世界を深入りしてはいけない。
『念の為、医者に診て貰う事も考えておいた方がいいかもね。
てか、沙梨ちゃんはあの、保険とかどうなのかな?』
『いっやぁ。そういう知識は全くないって俺』
『大きな病気だとしたら、絶対まずいよね』
『んん・・・とりあえず俺の両親に相談するしかないだろうよ。
はぁあ・・・なんかうちら駄目だな?
一人の子供も満足に育てていけないんだな』
『そうだよね。すごく、痛感したよ』
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