伸ばした腕のその先に

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 歩いて十五分くらい、そんな場所にそのコテージは建っていた。
 木製の階段にウッドデッキ。
 木造のそれは、どこか子供時代に訪れるキャンプ場を思い出させ、心をわずかに躍らせる。
 けれど、コテージは献花場からは湖畔の木々に隠れて見えない場所にあり、まるで誰かに見つけられるのを恐れるようにひっそりとその身をそこに置いていた。

 彼は鍵を開けると明かりをつけ、私をその中に招き入れる。
 中はかび臭くも埃っぽくも、ましてはあのホテルのように格式高い空気なわけでもない普通のコテージ。
 ただ、日常で使われるであろう最低限の家財道具がそろえられていた。

「週末はここで過ごすことにしてるんだ、中倉も抜きでね」
 彼は私に背を向けたままそういった。
 細身ながらにしっかりした首元が、背中が、腕が、彼が男性であることを私に認識させた。
 そして、私はそんな彼に自分ととても近い何かを感じながら、彼の進んでいった空間へと足を踏み入れる。

「どうぞ」
「ありがとうございます」
 リビングの椅子に座りしばらくすると、彼がティーセットをお盆に乗せてキッチンから現れた。
 アンティークだろうか、白地に水仙が咲き誇る情景が描かれていて可愛らしい。
 私はその絵柄を見つめると、少しだけ頬を緩めてお茶を口にする。
 口内には、猫舌の私には熱い紅色の液体が流れこんだ。

「ごめんね、中倉ほど上手くは淹れられないんだ」
「いいえ、美味しいですよ」
 すると、私の言葉の後に彼は悪戯っぽく笑った。

「敬語、止めてくれるとうれしいな。年だってあんまり変わらないよね」
 子供のあどけなさを残したような笑み。私は思わず紅くなる。そして、私が困って言葉を捜していると、彼はそのまま続けて言葉を繋いでいく。
「今年で二十五、三つ四つなら差の内に入らないよ」
 そうして、ねっ、と楽しそうに笑った。私も、うん、と微笑み返す。

 けれど、その声に……私は陽くんを繋げることしかできず、心が大きく軋んだ。
 みしみしと、私の心の傷跡に指をかけて引き裂こうとするかのように。
 私は気を紛らわそうと、再びカップに口を付ける。
 ちょうど良い温度になった液体が私の喉を潤していく。でも、私の心はいまだ波立ったままだった。

「如月さんは今何年生、大学生だよね?」
「うん、この春で三年」
「じゃあ、如月さんとは大学時代は一年くらいかぶってるわけか」
 私たちはまずそうやって、互いのことを表面上で知っていく。
 履歴書で容易に読み取ることができる内容から、自己紹介の常套句まで。
 つらつらと流れるように。マクの表面をなぞるように相手との境目を探っていく。

 彼の名前は篠崎 宵、大手企業の会長の息子らしい。
 三年前に会長である父親が亡くなり、今は後を継いだ叔父の手伝いをお遊び程度にやらせてもらっているそうだ。中倉さんは幼少の頃からのお側つきなのだとか。
 私はそれを、マクを通した笑顔で聞いていく。
 彼は、男性にしてはしなやかな腕で頬杖をつきながら私のことを聞き、自らのことを教えてくれた。
 それが、私には、この上なく不安で苦痛だった。
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